Medicareの償還額見直しについて、CMSが、結論を6ヶ月先送りにした。と、書いてみると、極めて技術論的な話だが、その背景には、大きな路線の選択という意味合いがあるそうだ。Washington Post紙の記事によれば、医療分野で市場原理を貫徹するのか、規制を重視するのか、という選択の問題である。Bush政権としては、市場原理を医療の分野でも貫徹させて、効率化、コスト抑制を図りたいというのが本音だ。他方、医者が経営する専門病院を公的医療保証制度であるMedicareに参入させると、利益相反が生じるというのも理屈である。上記のWP紙記事は、必ずしも市場原理が万能ではない、という主張で、規制を重視すべきとの立場を取っている。
課題となっているのは、"specialty hospitals"という専門病院への償還額の見直しである。"Specialty hospitals"は、一般には、心臓外科、形成外科などに特化した病院であり、その経営権(株)の一部を医者が持っている場合が多い(具体的なspecialty hospitalの事例1、2、3)。
2003年に成立したMedicare改革法(「Topics2003年12月9日 Medicare改革法に大統領署名」参照)では、2005年6月8日までの18ヶ月間、医者が経営に参加している"specialty hospitals"の新設許可を禁止している。"Specialty hospitals"への償還額が、他の病院、例えば、総合病院や公立病院への償還に較べて不公平になっているとの批判があるからだ。
CMSは、償還額算定方法の見直しについて、期限である6月8日までに結論を出せなかったため、さらに6ヶ月間(2006年1月まで)、新設許可禁止期間を延長し、検討を進めるという決定を公表した。この6ヶ月間の検討項目は、次の通り。
- 入院サービスに対する償還額算定方法
"Specialty hospitals"に対する償還額が高いために、医者が"specialty hospitals"を設立する誘因となっている、との批判がある。入院サービスに関する算定方法の変更は、2007年度から施行する。
- 外来専用の手術センター(ASC)に対する償還額算定方法
"Specialty hospitals"は、入院用ベッドを置いていることは稀であり、外来患者に特化する傾向がある。これは、ASCの外来サービスに対する償還額が低く抑えられているためと言われている。算定方法の変更は、2008年1月から施行する。
- "Specialty hospitals"のMedicare制度への参入認可
Medicare制度のもとでは、病院は入院サービスを提供することが原則となっている。"Specialty hospitals"の多くは、外来サービスに重点を置いており、Medicare参入資格要件を満たしていない。2006年度においては、入院サービスに重点を置かない"specialty hospitals"については、参入を認可しない、または認可を取り消すこととしている。
また、参入資格要件についても見直しを進めることとしている。
民間における雇用が、ようやく回復したようだ。前回のピークにまで回復するのに要した期間は50ヶ月となり、史上最長ということになった。2003年5月が底ということだったので、底を打つまでに26ヶ月、底からの回復に24ヶ月もかかったことになる。それでも、Jobless recoveryと言われていた状況(「Topics2003年10月24日(1) Jobless Recovery」参照)からは何とかもどってきたのだから、それなりの力強さをもっているともいえる。
“Make Wal-Mart Care About Health Care”というキャンペーンが開始された(6/1)。キャンペーンの主体は、United Food and Commercial Workers (UFCW)という労働組合が運営する活動団体"Wake-Up Wal-Mart"と、Democracy for America (DFA)という政治活動団体である。
UFCWは、「Topics2005年5月28日 AFL-CIOからの離脱選挙」で紹介した通り、AFL-CIOからの離脱を画策している有力労組である。その組合が組織する"Wake-Up Wal-Mart"は、もともと、「Wal-Martはこんなに悪い企業だ」という論陣を張っていた。
一方、DFAの代表者は、前回の大統領選の民主党候補者の一人であった、former Vermont Gov. Howard Deanである。次の大統領選を狙って、民主党改革の運動を繰り広げているようだ。
ところで、このキャンペーンが目指すところは、メリーランド州の"Wal-Mart Tax"法案(「Topics2005年5月20日 Marylandの医療改革法案」参照)を各州が採用することにある。同法案については、メリーランド州知事が拒否権を発動し、法案の行方が注目されている。
メリーランド州の"Wal-Mart Tax"法案と類似の法案は、カリフォルニア州議会でも提案され、議会可決、知事署名までされながら、州民投票で廃案となっている(「Topics2004年11月5日(1) 医療費の付回し」参照)。さらに、最近では、コネティカット州、Wisconsin州でも、同様の法案が提案された。"Wal-Mart Tax"法案の火が燃え広がろうとしているのかもしれないのだ。
また、こうした個別企業を狙い撃ちにするような法案が全米に広がるかもしれないという懸念が、大企業の無保険者対策への積極的な姿勢(「Topics2005年6月1日 無保険者対策の秘密結社」参照)として現れている、といっても間違いはないだろう。
思い返せば、Deanは、もともと州レベルでの皆医療保険制度を念頭において、大統領候補者選を戦ってきた(「Topics2003年2月25日 医療が大統領選の目玉になるか?」参照)。Deanがこの動きに乗じて民主党内での勢力を強めようという意図は、痛いほど伝わってくる。
上記sourceは、アメリカの平均的家庭(夫婦子2人)で、企業が医療保険(PPO)を提供している場合、年間医療費がどれだけ使われているかという推計値を示したものである。主な結果は次の通り。
- 4人家族の年間医療費は、2005年で$12,214である。
- その伸び率は、9〜10%で推移している。
- 薬に使用されている割合は15%のみであるが、その伸び率は最も高い。
- このことを反映して、薬代に関する従業員家族の窓口負担が急増している。
5月31日、加州上院で、皆医療保険法案(SB 840, Single-payer health care coverage)が25対15で可決された。
加州の無保険者対策は迷走しており、なかなか制度的な手当は進んでいない(「Topics2004年11月5日(1) 医療費の付回し」参照)。今回の上院可決も、@詳細な規定が盛り込まれていない、A予算手当はまったく考慮されていない、などの点で、議論継続のための手法と見ることができ、すぐにでも皆保険制度が実現するというわけではないようだ。
昨年10月より、医療保険関係者24団体の代表者が、秘密裡に会合を重ね、年末までに無保険者対策の提言をまとめようとしているそうだ。秘密裡にやっているのは、政治的な圧力がかからないように、ということだ。また、公的年金改革にばかりが注目され、アメリカ社会にとって最も重大な課題となっている無保険者問題が風化しているのではないかとの強い懸念も窺われる。
主な関係者のリストは、次の通り(上記source掲載)。見事に医療保険関係者が集結しており、連邦政府・議会関係者がはずされているのは明らかである。いざとなれば政治、政府に頼らないアメリカの国民性が、アメリカ経済の強みのひとつであることは間違いない。
また、その会合で検討されている対策案の主な選択肢は、次の通り。
- 連邦政府レベルで、一定年齢(例えば21歳)以下の子供を医療保険に加入させることを、親に義務付ける。Medicaid加入資格がない場合には、親に医療税額控除を認める。
- 雇用主が医療保険を提供していない場合、税金と同様、従業員給与からの天引きし、医療保険料に充当する事を認める。
- 低所得者層、小規模企業に税額控除を認め、その控除額を医療保険料に全額充当する。
- 州政府が、Medicaid対象者を連邦貧困基準に拡大する選択肢を認め、連邦政府はそのための補助金を用意する。
- 州政府の保険購入プール設立(拙稿「医療再保険制度の役割:州政府の無保険者対策」参照)を支援するため、連邦政府が補助金を用意する。