議会幹部から課されたデッドラインは過ぎてしまった(「Topics2003年10月16日(2) Medicare改革法案は未だ見通し立たず 」参照)ものの、Medicare改革法案を巡る両院協議会での議論は、加速化している模様だ。早ければ、11月7日(あと3週間)までに合意に達するとの見方も出ているほどだ。
以下、様々な立場からの見通しを紹介する。
- 全体の見通し
- ここ数日、議論は加速化している。早ければ11月7日までに、実質的な合意に達することもあり得る。専門家達の間でも、成立の可能性が半々にまで高まったと評価されている。(両院協議会メンバー)
- 10月17日デッドラインという設定は、議論を加速化するよい切っ掛けとなった。両院協議会での議論は進展している。(Senate Majority Leader Bill Frist (R-Tenn.))
- 両院協議会での議論は、徐々に合意に近づいている。しかし、何も確定していないというのも事実だ。(Sen. Max Baucus (D-Mont.))
- いくつかの課題について、合意に近づきつつあるが、全体として合意ができているわけではない。来週には、合意の姿が見えてくるだろう。(Sen. Charles Grassley (R-Iowa))
- ほとんど議論が進展していないことに失望している。(Sens. Olympia Snowe (R-Maine) & Edward Kennedy (D-Mass.))
- 来月中に大統領が署名する確率は、95%である。(Tom Scully, CMS Administrator)
- 納得できない法案には署名しない。(Bush大統領)
- 個別課題の合意状況
- 処方薬割引カードと予防医療については、細部まで合意に達している。また、MedicareとMedicaid両方の対象となり得る者の処方薬については、Medicareでカバーすることも、合意されている。
- Medicare Part B(外来費用 任意)の保険料についても、大筋合意している。
- 人口の少ない地域の医療機関に対する償還費を増額することも検討されている。そのためには、少なくとも$25Bが必要となる。
- 処方薬に関する費用を10年間で$400Bに抑制するメカニズムを検討している。例えば、Medicare支出のうち、税負担が40%を超えた場合、議会が何らかの行動を起こす、というもの。これは、共和党は支持しているものの、民主党は反対している。
- 処方薬の再輸入問題についても、合意に近づきつつある(「Topics2003年1月14日(2) 政治家 vs. 製薬メーカー」参照)。最終的には、再輸入を合法化する内容が盛り込まれるだろう。(Rep. Michael Bilirakis (R-Fla.) & Sen. Charles Grassley (R-Iowa))
- 両院協議会では、2010年から伝統的な出来高払い制度のMedicareプランと民間保険プランを競争させるという、最大の難関についても、議論が始まっている。
医療費高騰は、労働組合も深刻に受け止めざるを得ない。市場の競争の中で企業負担を減らして従業員個人負担を増やそうという動きが出てくれば、企業は、その流れに乗らざるを得ない。そうしなければ、コスト高→価格高で、市場から排除されてしまうからだ。
以前、2桁増が5年連続していることを紹介した(「Topics2003年10月2日 無保険者問題がさらに深刻化」参照)。また、わがEBRIのデータによれば、1987年〜2000年の間の医療費伸び率は、年平均8%にも達する。年平均8%というのは、9年間で倍、14年で3倍である。つまち、1987年から2000年の間に、医療費は3倍に急増しているのである。
企業の従業員ベネフィットとして、これだけ負担が急増しているものは、他には見当たらない。まして、生産性に貢献していない退職者について、やめたいという企業が続出するのも当然だろう。
「Topics2003年10月2日 無保険者問題がさらに深刻化」でも紹介したように、企業は、従業員の保険料負担、免責額、窓口負担などを増やそうとしている。当然、従業員の反発があるわけだが、組合に組織化された職場では、その反発は一層強いものとなる。
上記sourceでは、そうした従業員側の反発が昂じて、ストライキにまで発展した例を紹介している。以下、その概要。
いまどき、従業員負担がゼロの医療保険プランが存続しているとは、驚きだ。これは、独占に伴う弊害以外の何ものでもないだろう。私も、今年3月にアメリカから帰国する際、この港湾労働者によるストライキがどうなるか、大変懸念していた。それだけ、物流における彼らの威力は、絶大なのである。
- 西海岸港湾労働者組合
今年1月の長期ストライキにより、組合は、従業員負担ゼロ継続を勝ち取った。
- Kroger Co. (grocery)
現行医療保険プランの維持を求めて、今週、ストライキを行った。
- Safeway Inc.'s(grocery)
やはり、現行プランの維持を求めて、今週、カリフォルニア州南部で、ストライキを行った。
- UAW(自動車関係労働者組合)
先月まで行われていた労働協約の見直しの中で、その他の条件を譲歩しながら、医療保険に関しては、ほぼ現状維持を勝ち取った。
このように、大規模なストライキが医療保険プランを巡って行われているということこそ、医療問題がアメリカ人の生活の中で、重大な問題になりつつあるということの証である。上述のMedicare改革法案の帰趨とともに、医療問題が大きな政治課題となっていることは、間違いなさそうだ。
アメリカは、そろそろ"OPEN SEASON"である((「Topics2002年10月29日 医療保険の新顔 Consumer-Driven Health Care」参照))。来年はどのような医療保険プランを選択するのか、保険料負担をどう工面するのか、悩ましい選択を迫られる季節だ。ただ、無保険者が急増する中、"贅沢な悩み"と言えるかもしれない。
医療費急騰の中、ご多聞にもれず、2004年のMedicare保険料も引き上げられることとなった。その一覧表は、次の通り。
2003年 2004年 増加率 Part A 保険料 40Q- - - - 30-39Q $174/M $189/M 8.6% -29Q $316/M $343/M 8.5% 本人負担分 1-60日 総額$840 総額$876 4.3% 61-90日 $210/D $219/D 4.3% 91-150日 $420/D $438/D 4.3% 151日- 全額 全額 - Part B 保険料 $58.7/M $66.6/M 13.5% 免責額 $100/Y $100/Y 0.0%
≪解説≫
- Part A (入院保険)
- Part A は強制加入部分である。従って、普通の高齢者は、Part A の保険料を払わない。「普通の高齢者」を定義すると、「65歳までに40四半期分の社会保険料を支払った者」ということになる。つまり、通算10年間、社会保険料を支払えば、Medicare Part A の完全受給資格を得られる。これは、公的年金(Social Security)と同じである。上表の40Qとは、40四半期を意味する。
- 65歳までに、通算10年分の保険料を支払わなかった者は、高齢者になっても保険料を負担しなければならない。それも、支払期間が短ければ保険料負担は増える仕組みである。
- 上表の通り、完全受給資格を得られなかった者の保険料は、大変重い。月額343ドルは、並大抵の負担ではなかろう。しかし、これが社会保険の原則である。負担なくして給付なし。
- その完全受給資格を得られなかった者が負担する保険料は、8%台央ばの引き上げである。
- また、入院の場合、入院期間が延びるほど、本人負担も増加する。最初の60日間は、総額で$876でおさまるが、その後、入院一日あたりの負担額が増え続け、入院が150日を超えると、全額本人負担となる。つまり、半年近くも入院するような人は、病院ではなく、別の施設で面倒をみるべき、という発想である。
- この本人負担額も、一律4.3%の引き上げである。
- Part B (外来保険)
- Part B は、外来診療保険で、任意加入である。65歳以上の高齢者が、自らの選択によって、加入を決定する。
- その月額保険料は、2004年$66.6で、13.5%の引き上げである。医療費の高騰の波を、もろにかぶることになる。
- Part B には、免責額が設けられている。つまり、免責額として決められた額までは、本人が負担し、この免責額を超えた分を、Medicareが負担することになる。
- この免責額は、2004年も$100で、据え置きとなっている。医療費が高騰し、負担が重くなる中、唯一の負担据え置き措置となっているのである。
- ただし、このPart B は、処方薬をカバーしていない。言い換えれば、Part B に入っていても、処方薬は、自分で負担するか、それをカバーする別の保険プランに加入する必要がある。
- この処方薬分をMedicareでカバーするようにしよう、というのが、Medicare改革法案の主旨である。処方薬が医療費に占める割合は、15〜20%と言われている。おそらく、高齢者になれば、その割合はもっと高いだろう。Medicare改革法案が、高齢者の生活にとって、いかに重要な意味を持つか、少しでもご理解いただければ、幸いである。
雇用の改善なしに景気が回復(「Topics2003年9月5日(1) 取り残された労働市場」参照)。最近では、Jobloss Recoveryとも呼ばれている。景気が回復しつつあるのに、雇用が改善しない。労働生産性が力強い伸びを示しているのに、雇用は改善しない。確かに、企業収益は改善するかもしれないが、雇用増→消費増を伴わない景気回復は、力が弱く、底が浅い。
しかし、それが現実のようだ。次の2つのグラフは、労働者にとって厳しい環境を端的に示している。
- 最初は、「景気の山」の時点からの被用者数の変化である。前回の景気回復局面では、ピークアウトから30ヶ月程度で、被用者数は元に戻っている。ところが、今回の場合は、ピークアウトから同じ30ヶ月程度経っているにもかかわらず、底さえ見えていない、という状況である。
- 次は、失業保険の延長措置についての比較である。前回の景気回復局面では、ピークアウトから16ヶ月目から延長措置が始まり、延長期間も26週と、倍から始まったのである。ところが、今回は、措置の導入自体は早かったものの、33ヵ月(今年12月)で措置は終了、延長期間も13週にとどまった。当然、この違いは、政権与党の違いである。
つまり、雇用の改善は見られないのに、失業保険の延長措置が薄く、しかも間もなく打ち切られようとしている、という民主党の主張を表しているのである。
ついに、アメリカでは、大企業の従業員といえども、保険プランを提供されない場合が増えてきている。しかも、急速に増えてきているという。以下、上記sourceのポイント概要。
このレポートを公表したThe Commonwealth Fundという団体は、無保険者対策を訴えかけることを活動の中心に据えている。では、このレポートのメッセージは何かと考えてみると、闇雲に無保険者を減らせ、というのではなく、企業に雇われている従業員の間に無保険者が増えているので、その対策が必要だ、と言っているのである。言い方を換えれば、無保険者対策に、貧困層の子供だとか、失業者だとか、中高年層だとか、選挙民受けしそうなポピュリズム的な提言は無意味である、と主張しているのである。
- 2001年時点で、大企業(従業員500人以上規模)の従業員で、無保険者は960万人、無保険者全体の26%を占めるに至っている。これは、CHIP(貧困層の子供を対象とした州の医療保障制度)の対象者630万人、失業者の無保険者390万人、55〜64歳で無保険者320万人を、大きく上回っている。
- 被用者の無保険者のうち、大企業の従業員の無保険者が占める割合は、1987年の25%から2001年の32%に急増している。
- 雇用主から医療保険を提供されている従業員の割合は、大企業での下落が目立っている。
- 大企業で、無保険の従業員の割合が低下している原因は、主に次の3点である。
- 大企業での低賃金労働者が増えている。
- 大企業における組合組織率が低下している。
- 製造業の従業員が減少している。
これを、今の民主党大統領候補者達に当てはめてみれば、
◎ Gephardt(「Topics2003年4月29日 Gephardtの医療皆保険提案」参照)
◎ Kerry(「Topics2003年7月30日 EdwardsとKerryの医療改革提案」参照)
× Dean(「Topics2003年6月25日(2) Howard Deanの皆保険構想」参照)
× Edwards(「Topics2003年7月30日 EdwardsとKerryの医療改革提案」参照)
ということになる。
このように、政治家が提言する政策を検証できるデータを、シンクタンクが出してくるところが、アメリカの羨ましいところである。
日本の企業年金で、重要な課題として残されているのが、確定給付型プランのポータビリティである。
一般的に、確定給付型プランのポータビリティを確保するには、次の3つの手法が考えられる(ただし、ここでは、議論の簡略化のため、年金プラン給付に関する権利義務の引き継ぎの問題は捨象し、原資のポータビリティに焦点を絞ることとする)。
- 確定給付型プランの原資を、転職先の確定給付型プランに移換する。
- 確定給付型プランの原資を、通算センターに移換する。
- 確定給付型プランの原資を、確定拠出型に移換する。
もちろん、それぞれに一長一短ある。アメリカでは、3を採用している。移換先としては、@IRA、A企業のDCプラン、が用意されている。つまり、資産移換した場合の年金化は、退職後に個人がannuityを購入する場合しかない。
一方、日本では、先の企業年金法で、確定給付プランの制度まるごとの移換は規定されたが、加入者個人の原資移換は盛り込まれていなかった。従って、冒頭に述べたように、確定給付型プランのポータビリティが課題として残されているわけである。
これについて、22日、企業年金連絡協議会が要望書を公表し、厚生労働省に提出したとのことである。
この要望書では、確定給付型プランのポータビリティとして、上記2および3を求めているものの、3の場合には、DCの拠出限度額が制約になる場合が想定される、として、主に2の通算センターを中心とした制度構築を求めている。
問題は、この通算センターとして、現行の厚生年金基金連合会を、「企業年金連合会(仮称)」に改組し、その業務にあたらせるべき、との要望内容になっている点である。
もし、この要望が実現した場合、現厚生年金基金連合会は、
という、3つの業務を行うことになる。
- 厚生年金基金から引き継いだ代行部分の運用と給付
- 厚生年金基金または確定給付企業年金から引き継いだ上乗せ部分の運用と給付
- 厚生年金基金の支払保証制度
このうち、3の支払保証制度は、解散が相次いだために、厚生年金基金連合会の原資が不足しており、保証対象のであるにもかかわらず、基金側の運営にいろいろな瑕疵があったとして、保証対象の減額を行っている。実際、この措置に怒りをあらわにする基金の役員も少なくない。
ところで、厚生年金基金が解散または代行返上を行う場合、最低責任準備金を厚生年金基金連合会に支払わなければならないのと同様、仮に厚生年金基金連合会が解散となった場合、管理している代行部分相当の最低責任準備金を国に納付しなければならない。ここまでは、法律で決まっているが、では、厚生年金基金連合会の運用がまずく、代行部分として区分管理してきた勘定(以下「代行部分勘定」)に、代行部分相当の最低責任準備金が残っていなかったらどうするのか、という規定はまったく定められていない。今の法律では、厚生年金基金連合会が国に納付する義務を負う額は決まっており、代行部分勘定の資産がその額に不足していれば、その不足分を、上乗せ部分の勘定から持ってこざるをえないのである。つまり、公的年金部分(代行部分勘定)の穴埋めを、私的年金部分(上乗せ部分勘定)で賄うことになるのである。もし、穴埋めをしないというのであれば、今度は、企業年金を持っていないサラリーマンや、まじめに企業年金を運営している企業の従業員が収めた厚生年金保険料で穴埋めをする、ということになる。
どちらにしても、理屈がたたない。
これはあくまでも邪推だが、相次ぐ代行返上により将来の存続が危うくなった厚生年金基金連合会が、延命のための窮余の一策として考え出した策ではないだろうか。その連合会案にのっかった形で行われた、上記要望は、大変危険な内容を孕んでいるのではないか。年金の世界は、長期で結果が出てくる。今の窮地を打開するための措置が、将来にとんでもない結果をもたらす可能性を常に頭に置いておく必要がある。実際、厚生年金基金制度は、制度発足から30年余で滅びようとしているのである。
このように大きな問題を孕む厚生年金基金連合会を利用するポータビリティは、原資の確保を含め、ワークしない可能性が高い。それよりは、確定給付からの移換の場合は拠出限度額を適用しないこととして、確定拠出型を利用するポータビリティの方が、望ましいと考える。なにせ、確定拠出型であれば、移換した資産の持分は個人である、と明確になっているのだから。
21日に記した通り、Medicare改革法案が大詰めを迎えつつある(「Topics2003年10月21日(1) 大詰めを迎えたMedicare改革法案」参照)。そうした中、処方薬保険に関する骨格について、合意に達した模様だ。
Medicare改革法案 合意骨子 両院協議会 合意骨子 上院案 下院案 保険料($/月) 35 35 35前後 免責額($/年) 275 275 250 保険カバー率 $276〜2,200 75%
$2,201〜3,600 0%
$3,601〜 95%
または$5-10の自己負担$276〜4,500 50%
$4,501〜5,800 0%
$5,801〜 90%$251〜2,000 80%
$2,001〜4,950(所得に応じて変動) 0%
$4,951(所得に応じて変動)〜 100%
夫婦で12万ドル以上の所得がある場合、
100%カバーの下限が引き上げられる低所得者層への配慮 連邦貧困水準135%以下は、
保険料、免除額負担なし。
ただし、処方薬総額が$5,000に
達するまで、
generic $2、brand $5の自己負担。低所得者に補助あり 低所得者に補助あり
当然、民主党は、まだまだ抵抗を続けており、特に、民間プランと伝統的な出来高払いMedicareプランの直接競争は、最後まで争点となりそうだ。
現在議論が行われている、年金救済法案(「Topics2003年10月10日 下院が年金救済法案を可決」参照)について、わかりやすい解説レポートを入手したので、掲載しておく。
IBMの伝統的な確定給付型プラン(DB)からキャッシュ・バランス・プラン(CB)への移行について、年齢差別禁止法違反との判決が出された(「Topics2003年8月2日 IBM敗訴」、「Topics2003年8月5日(1) IBM敗訴 その2」参照)。
今度は、その判決を受けて、上院で、DBからCBへの移行を当面禁止するとの法案が可決された。下院でも、先月、同様の法案を可決しており、今後は、両院協議会による両法案の調整が課題となる。しかし、内容的には、それほど大きな差異があるわけではなく、単に、財務省が判決を覆して、移行ルールを確定してしまわないように歯止めをかけるだけなので、ビジネス界からの相当強いプレッシャーでもない限り、両院協議会での調整は、成立するであろう。
そもそも、CBへの移行については、逆風が続いている。
財務省は、IBM敗訴の直後、CBへの移行ルール草案を確定しようとしていたため、議会の怒りを買った模様だ。
- 2002年12月 IRSがDBからCBへの移行ルール草案を公表 (「Topics2002年12月11日 Cash Balance と年齢差別禁止法」参照)
- 2003年4月 IRS公開草案の一部を取り下げ
- 2003年7月31日 IBM敗訴 (「Topics2003年8月2日 IBM敗訴」、「Topics2003年8月5日(1) IBM敗訴 その2」参照)
- 2003年9月9日 下院がCB移行禁止法案可決
- 2003年10月23日 上院がCB移行禁止法案可決
これで、IBM判決が控訴審等でひっくり返らない限り、CBへの移行は絶望的で、CBプラン数は増えることはないだろう。また、このような読みがあるからこそ、財務省も、DBからCBではなく、一足飛びにDBからDCへの移行を促そうとしているのかもしれない(「Topics2003年8月22日 DBからDCへの誘い水」参照)。
アメリカの退職給付プランは、まさに岐路に立っていると言えよう。
アメリカの会計基準設定主体であるFASBと、国際会計基準審議会(IASB)との間で、convergenceの議論が行われている。
2005年以降、EU域内企業の連結決算については、IASBが定めた国際会計基準(IAS/IFRS)が強制適用されることが決まっている。これにより、EUではIAS、アメリカではUSGAAP(FASB)、日本では日本基準が並存することになる。
これは、国際的な企業活動、資金調達を行っている企業にとっては、コスト増となる。資金調達の場所ごとに、異なる財務報告をしなければならないからだ。
こうした企業側の事情とは別に、IASBでは、世界で唯一の会計基準を目指してIASを作成しており、その理念のもとに、アメリカ基準とのconvergenceを目指している。また、アメリカのFASBも、今のIASBの「産みの親」的存在であるため、IASとのconvergenceを目指していた。
こうした経緯から、冒頭にあるような、FASBとIASBの対話が続けられているのだが、実際の会計基準のすり合わせとなると、なかなかそう簡単ではないことがわかってきた。中でも時価会計の全面適用を目指すIASBと、実用的な部分適用を実践しているFASBとの間の溝は、意外と大きい。しかも、IASBは原則のみ、FASBは詳細なルール設定を原則としているため、その様式は大きく異なっている。
そこで、両者は、小さな差異から埋めていこうというアプローチをとっており、個別会計基準のすりあわせを行っている。ちなみに、日本の経済界の会計基準に関する立場は、ここに表明されている。
上記sourceは、そうした一連の会合で、企業結合会計の差異を議論している際に、Golden Parachutesの扱いでもめた模様であると報道している。その関連部分を掲載すると、次のようになる。
Members of the U.S. Financial Accounting Standards Board and the International Accounting Standards Board reached tentative agreement Oct. 23 on the controversial issue of assets and liabilities to be included in accounting for business combinations that would exclude a number of liabilities, including "golden parachutes" for executives of the acquired company, and pass them to the balance sheet of the merged entity.両者の合意のポイントは、
After a spirited debate over the basis for deciding whether a liability properly belonged to the acquiree or the combination, the standards-setters agreed on a compromise that would assign to the combination all assets, liabilities, and contingent liabilities of the acquiree immediately prior to the combination taking place, plus any liabilities or contingent liabilities imposed by laws or regulations.
FASB Chairman Robert Herz said he objected to the exclusion of golden parachutes, but ultimately agreed to go along with the majority opinion, and FASB member Edward Trott argued that golden parachutes are "part and parcel" of an acquisition and should be part of the assets and liabilities that are assumed.
The agreed approach would also exclude from accounting for the combination such items as improvements to employee benefit plans, even if they are required through pre-existing contractual agreements or as a condition of the combination. Full agreement could not be reached, however, after the meeting bogged down over an example in which the acquiree has polluted the environment and there is a strong likelihood of new legislation that would require the new entity to clean up the contamination.
の2点である。
- 企業結合直前までに被合併会社に帰属していた全資産、全負債を結合対象とする。
- 事前の契約により約束されていたり、合併の条件として掲げられていた報酬の増分は、結合の対象としない。
このような合意に至る過程で、Golden Parachutesの扱いについて、意見が分かれたそうだ。
FASBの議長である、Robert Herzは、上記の合意ポイント2について、反対したそうだ。具体的には、Golden Parachutesは企業結合会計の対象に含めるべきである、と主張した。それに対して、多くのメンバーは、Golden Parachutesは、合併行為の一部であり、合併後の企業体が引き受けるべき債務である、と主張した。
面白いのは、全面時価会計を目指すIASBが、Golden Parachutesを負債として認識すべきだ、というのならわかるが、その逆で、負債として認識すべきというHerz議長の主張にIASBメンバーが反対しているところである。
Golden Parachutesとは、被合併企業の経営陣に支払われる退職金のようなもの(拙著「Golden Parachute」参照)であり、発生主義という考え方からいけば、まさに合併時に発生するものであり、その面からすれば、上記合意ポイントのAは整合的である、しかし、Golden Parachutesは、あらかじめ契約された報酬であり、何らかの算式に基づいて負債として認識すべき、という考え方もあり得る。それが全面時価会計の考え方のように思い込んでいたのだが、どうもそうではないようだ。
会計の世界は、本当によくわからない。