Topics 2003年10月1日〜10日     前へ     次へ


10月2日 無保険者問題がさらに深刻化
10月3日 DBプランの危機的状況
10月7日 最初の脱落者
10月8日(1) 雇用対策としてのドル安容認
10月8日(2) 偉大な世代との契約-Kerry
10月10日 下院が年金救済法案を可決


10月2日 無保険者問題がさらに深刻化 Source : Health Insurance Coverage in the United States: 2002 (US Census Burear)

10月1日、センサスが発表され、無保険者問題が、さらに深刻化していることが明らかになった。上記Sourceのポイントは、次の通り。

  1. 2002年の無保険者は、240万人増えて、4,360万人となった。

    2001年2002年増  減
    無保険者数4,121万人4,357万人238万人増
    無保険者割合14.6%15.2%0.6%ポイント増


  2. 無保険者が増えた理由としては、
    1. 失業の増加
    2. 医療費コストの増大
    が考えられる。そうした状況を受けて、企業が提供する医療プランの加入者数が減少し、Medicaid、SCHIPという、公的な医療保障制度の加入者が増加している。



  3. 無保険者が平均よりも多い層としては、「若年者」、「ヒスパニック」、「小規模企業従業員」の3者が挙げられる。





  4. 州別に見て、無保険者割合の高い州、低い州トップ3は、次の通り。

    州 名割合
    Texas24.7%
    New Mexico20.9%
    Louisiana18.8%




    Wisconsin8.7%
    Iowa8.5%
    Minnesota7.9%

  5. 無保険者であった期間は、1年以内が4分の3を占める。




こうした結果に対して、識者達は、次のようにコメントしている。

後半の政治向けコメントにあるように、来年の大統領選挙、議会選挙に、大きく影響する事象であると認識しておく必要があるだろう。

他方、保険のコストそのものは、年々高まっている。その実態を表したレポートが2本、公表された。

第1は、"The Cost and Benefits of Individual Health Insurance Plans"(eHealthInsurance) である。この調査は、2003年8月時点で、56,000本にのぼる医療保険プランを分析、調査した結果である。そのポイントは次の通り。

  1. 個人の医療保険料負担は、月$148、年$1,785となっている。また、3人家族の場合、月$278、年$3,331となっている。



  2. New Jerwsey、New York両州の保険料水準は、全米平均の倍以上と、際立って高くなっている。

    <個人の場合の医療保険料>
    州  名月 額年 額
    New Jerwsey$337$4,048
    New York$303$3,633

  3. 免責額は、なるべく少ない方が好まれる傾向にある。



  4. また、窓口負担も軽いプランが多く、$20以下が4分の3を占めている。



  5. 医療保険プランの内容も、外来、入院、検査、処方薬をカバーする総合型が、85%を占めている。



  6. 10年前のHMO旋風は完全に勢いを失っており、現在は、PPOが大勢となっている。




第2は、"2004 Health Care Cost Survey"(Towers Perrin)である。この調査は、企業が提供する医療保険プランを対象に行われ、2003年8〜9月に実施されたものである。その概要は次の通り。

  1. 2004年も医療保険料は、2桁増が見込まれる。これで、2000年以降、連続5年間の2桁増となる。累積で見れば、6年間で、実に1.9倍となる。



  2. 従業員一人当りの医療保険プランコストは、一般の平均よりもかなり高い水準にある。特に、65歳未満(Medicare対象前)のコストは、突出している。



  3. こうした事態に対し、企業側では危機感を強め、様々な対応を取りつつある。
    <例>
    • 保険プランの設計の変更
    • 従業員との意思疎通の改善
    • 治療方法の精査
    • 医療機関の選別
    • 選択制の強化
また、企業側の対応の一つとして、従業員に対して、医療保険プランに関する教育をもっと行い、意識を高めることで、医療コストを抑制しなければならないとの指摘も行われている。Fidelity Investmentのリポートは、医療保険プランに対する従業員の認識、改善策等について、次のように指摘している。

  1. 従業員の医療コストに対する意識は、高まっている。例えば、
    処方薬はgenericを選ぶようにしている80%以上
    救急室になるべく行かないようにしている25%
    症状等についてインターネットなどで判断する58%
    治療方法の選択肢について医師と相談している57%
    日常の健康管理、ダイエットに気を付けている47%
    定期検診を受けている37%
    減量に努めている34%
    日常から運動している30%
  2. その反面、医療保険プランについて、正確な知識を持っているとは必ずしも言えない。例えば、
    出来高払い、PPO、HMOの違いについて、正確に理解していない42%
    プランに含まれるサービスについて、正確に理解していない34%
    保険料自己負担、免責額、窓口負担について、正確に理解していない32%
    処方薬のカバー割合について、正確に理解していない49%
    保険プランの変更時期について、正確に理解していない39%
    診療拒否された場合の再審請求方法について、正確に理解していない70%
    保険プランで提供される健康管理サービスについて、知っている23%
  3. また、FSAも充分に活用されていない。FSAを利用している従業員は、およそ3分の1にすぎない。その理由として、事務処理が煩雑であるとの指摘が多くされている。
以上、長々と述べてきたが、無保険者の増加、医療費の高騰は、国民生活の中で、大きな影を落としつつある。雇用の改善がなかなか見られないことも、無保険者の増加をもたらしている。医療という政策分野での課題ではあるが、雇用の改善と密接不可分なところも大きい。これから年末にかけての3ヶ月間、再選を目指すBush政権、上下両院の多数派を維持したい共和党にとって、正念場を迎えることになりそうだ。

10月3日 DBプランの危機的状況 Source : Pensions in Crisis (Watson Wyatt)

アメリカの伝統的な年金プラン(DB)の財政状況が、危機的な状況に陥っている。上記sourceのポイントは次の通り。

  1. 積立比率(年金資産/給付債務)の中位数は、2001年に1を割り込み、2002年は0.75にまで落ち込んでいる。また、2002年、9割以上のDBが、積立不足に陥っている。

    TABLE1

  2. 積立不足が拡大している原因は、@給付債務計算の割引率の低下、A金融市場の低迷、B従業員の高齢化、である。

    FIG2

  3. DBプランの積立状況の悪化は、実は、90年代前半から始まっている。

    TABLE4

医療も年金も、企業にとっては苦しい状況が続いている。企業がどこまで負担に耐えられるのか、経済情勢の大幅改善ができるかどうか、時間との勝負になってきそうだ。

10月7日 最初の脱落者 Source : Graham Quits as Democratic Candidate (Washington Post)

民主党の大統領選候補者から、ついに最初の脱落者が出た。上院議員のBob Graham氏が、もう候補者に選ばれる可能性はない、と語り、事実上脱落宣言を行った。今回の民主党候補者選びが異例の早さで始まったこと、9人が乱立して選挙資金が分散していること、などから、見込みが立たなくなるのも早かったのだろう。一説では、早く敗北宣言することで副大統領候補者を狙う、という戦略もあり得るそうだが、これだけ早く降りてしまっては、恩義を売ることもできないだろう。それに早々と諦めるということは、支持も少ないということだろうから、副大統領候補としても魅力薄だ。

これをきっかけに、選挙資金集めの下位者は、次々と脱落宣言をしていくことになろう。そうすることで、民主党支持者の資源(人と金)も集中されてくることになる。まさに、これからが正念場ということだ。

10月8日(1) 雇用対策としてのドル安容認 Source : 1 ドル=110 円割れ(大和総研)

なるほど、こういう理由も考えられるのか、と感心した。上記レポートは、1ドル=110円割れを経験して、今後もそうした状態が続くかどうかの検証を行っている。

結論として、アメリカが積極的にドル安=円高を是正しようとすることはないだろうと予想している。そうした予想をたてられる理由をいくつか列挙しているのだが、その一つに、厳しい雇用情勢を挙げている「Topics2003年9月5日(1) 取り残された労働市場」参照)。景気が上向いているにもかかわらず、雇用情勢は改善していない。

ここで、ドル安を容認すれば、輸出改善、輸入減少、生産拠点の海外移転の減少などが見込まれ、雇用情勢は改善するだろう、と見込まれるとのことである。もちろん、積極的な雇用対策を打っていないわけだから、その改善度合いは小規模にとどまるだろうが、少しでも求人が増えて労働市場がタイトになってくれば、賃金の上昇、所得改善、消費増加、という好循環が生まれてくる可能性があるわけだ。Bush政権としては、再選への障害が一つ解消されることになる。

上記レポートでは、そうした雇用情勢の改善が見られれば、ドル安にブレーキがかかるかもしれない、と述べている。でも、そんな国内事情でドル安が容認され、円高で日本企業が苦しむ、というのはちょっと納得できない感がある。しかし、それもまた国家としての意志の強弱によるもの、として受け容れざるを得ないのだろう。

10月8日(2) 偉大な世代との契約-Kerry Source : Kerry Offers "Compact with the Greatest Generation" to Protect America's Seniors

大統領候補者レースで脱落者が出る中「Topics2003年10月7日 最初の脱落者」参照)、Kerry候補は、着実に政策提案を重ねていっている。

10月7日、Kerry候補は、「高齢者への公約」として、公的年金、高齢者医療保険の給付と負担の水準の維持を打ち出した。具体的な数値の入った政策提案ではないので、「約束」のようなイメージであるが、お年寄りを泣かせ、ボランティア好きのアメリカ人を泣かせるフレーズがふんだんに盛り込まれている。

以下、概要ポイント(自民党風または厚生労働省風)。

私の父は、第2次世界大戦を勝利に導いた「偉大な世代」の一員です。今の偉大なアメリカを建設してきた世代です。その偉大な世代は年をとり、今こそ我々が彼らのために働く時です。偉大な世代の人々のために、我々は医療保険を守らなければなりません。ここに私は、「偉大な世代との契約」を公表し、Medicare、Social Security(公的年金)を維持し、安価な処方薬、質の高い介護を提供することを約束します。
  1. MedicareとSocial Security(公的年金)を守ります。

    1. お年寄りに今以上の負担を求めることはしません。給付の削減や保険料率の引き上げはいたしません。
    2. 全米あまねく質の高い医療を提供します。
    3. HMOへの加入を強制しません。

  2. 処方薬を安く提供します。

    1. 処方薬のコストを削減します。処方薬の価格は年20%の勢いで上がっている一方、製薬会社の役員は数百万ドルの報酬を得ている。
    2. 真にお年寄りのための処方薬保険プランにするために、
      • HMOへの加入を強制しません。
      • 公的プランであるMedicareが運営し、民間保険プランで運営することはいたしません。
      • 既に処方薬保険プランに加入しているお年寄りが不利になることはいたしません。
      • 高い処方薬でも適切な価格で購入できるようにします。

  3. 介護が必要なお年寄りに、質の高い選択肢を用意します。

    1. 介護施設に住んでいるお年寄りに、質の高いケアを提供します。
    2. 介護施設にいるお年寄りの半分が利用しているMedicaidを守ります。
    3. 自宅で介護を受けられるよう、Medicaidで在宅ケアサービスを提供します。
    4. 介護士の活動を支援します。

  4. 子供達やご近所への支援をお願いします。

    1. 「高齢者10万人行動計画」を提唱します。週10時間の勤労で、年間最高2,000ドルを非課税にします。非課税の所得は、お孫さんなどの教育費に回すことができます。
    2. 学校で、授業のお手伝いをしてください。
    3. 近所のお年寄りのために薬を取りに行ったり、時々訪問することで、お互いに助け合ってください。

このような公約を実現するためには、おそらく、相当程度、市場原理を排除するシステムを導入しなければならないだろう。例えば、処方薬の価格を抑制するためには、上限価格制などを強引に導入する必要があるだろう。こうした提案が中道派のサポートを惹きつけられるかどうか、が分かれ目となろう。

10月10日 下院が年金救済法案を可決 Source : House OKs Short-Term Pension Crisis Plan (Washington Post)

8日、下院が年金救済法案を可決した。内容および上院案については、「Topics2003年9月19日 年金救済法案」を参照していただきたい。詳細については、法案(H.R. 3108)とその解説資料も参照していただきたい。

投票結果は、賛成397、反対2の、圧倒的多数による可決であった。

法案内容からもわかるように、誰かが損をするとか、負担が増えるとかいう、目に見える痛みがないので、こういう結果になるのだろう。実際、各界からのコメントも、なぜ恒久措置にしないのか、といった不満こそあれ、大きな批判は出ていない。

今後は、もっと手厚い救済策を検討している上院案の審議、それが可決すれば両院協議会を経て、大統領署名となる。ちなみに、White Houseは、共和、民主双方から支持され、企業からも強力な要請を受けている法案を歓迎しており、両院の協議がまとまれば、即署名となろう。

ここで、注目しておきたいのは、反対票を投じた議員である。反対票を投じた二人とは、上記sourceによれば、Gene Taylor(D-Miss.)とBernie Sanders(I-Vt.)の二人であった。後者のSanders下院議員は、処方薬について、製薬会社と真っ向から対決している議員である「Topics2003年1月14日(2) 政治家 vs. 製薬メーカー」参照)。無党派という立場がそうさせるのかもしれないが、彼の政治行動の裏には、社会に規律を求めるという厳格な信条が感じられる。

実は、当websiteでは、これら年金救済法案について、「企業、行政当局、議会が、規律を失いつつあると懸念している」と、疑念を呈している「Topics2003年9月19日 年金救済法案」参照)。最初に、『誰も痛みを感じない』と書いたが、実は痛みを感じる可能性のある人達は、存在する。 将来の年金受給者である。

経済情勢が悪く、金利が低いために、給付債務が過大に膨らむ、というが、「ジョブ・ロス・エコノミー」と言われるような経済回復過程で、経済が好転しても、金利が急上昇するとは限らない。むしろ、低位安定という、日本のような状況となる可能性もある。そうした将来の可能性に配慮しながら積み立てていくのが、企業年金である。今のような低金利でありながら、積立不足に陥っていない企業が1割も存在していることを忘れてはならない「Topics2003年10月3日 DBプランの危機的状況」参照)。そうした規律があってこその企業年金である。企業年金に規律がなくなれば、PBGCの存立も危うくなるわけで、実際、そうした現実が目の前に現れているのである。

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