Topics 2003年12月1日〜10日      前へ     次へ


12月1日 アメリカの貿易政策はこんなもの
12月2日 AARPの決断とその余波
12月3日 Medicare改革法の企業への影響
12月4日(1) 年金関連法案を巡る年末の動き
12月4日(2) アラバマ州年金基金は言い過ぎ
12月4日(3) 大統領署名は来週月曜日
12月9日 Medicare改革法に大統領署名
12月10日 年金救済法案は棚ざらし


12月1日 アメリカの貿易政策はこんなもの Source : White House Signals Reverse of Steel Tariffs (New York Times)

Bush政権は、外国製鉄鋼製品に対する保護的関税を取り払う腹でいるとの報道である。ただし、今日(2日)は、鉄の街ピッツバーグへの遊説があるため、これが終えた後に公表するとの観測が出ている。

この記事から伺えることを3点。

  1. もともと、鉄鋼製品への関税は、September 11以降、景気の鈍化が顕著になった時点で、鉄鋼業界、労働組合からの圧力で実施されたものであった。当時、LTVやBethlehemが倒産するなど、鉄鋼産業は傾いていた。そして、そのような事態に対応するためにセーフガードとして高率関税を導入したことは、決して不思議ではなかった。
    ただし、当時のBush政権が、本気で鉄鋼産業を保護しようとしていたわけではないことは、当websiteで記してきたところである(「Topics2002年3月5日 セーフガード発動」参照)。本気で鉄鋼産業を保護しようとするならば、同産業にとって最も重荷となっていた、「レガシーコスト」を何とかしようとしていたはずだからである。
    当時のBush政権は、このレガシーコストは引き受けない代わりに、セーフガードを導入して、アメリカ鉄鋼産業再編のための時間を提供した、ということであった。
    今回の、セーフガード撤回は、まさに、この業界再編がある程度進んだ、との判断に基づくものと言える。

  2. これ以上、セーフガードを続ければ、鉄鋼以外の産業は、他国から対抗措置を講じられることで、打撃を被ることが明らかなため、他産業からセーフガード撤回の要望が強まっている。今回のBush政権の判断は、こうした産業全体の要望への配慮である。

  3. 政策を発表するにあたっては、常にタイミングを図る、というのが、Bush政権の特徴である。
    ピッツバーグへの遊説を終えてからの発表というのは、まさにこうした特徴を裏付けるものである。
    (余談になるが、Bush大統領のバクダッド訪問は、功罪あるのだろうが、タイミングは絶妙であった。サンクスギビングで国中がくつろぐ中、戦地にある兵士達を労うという狙いは、兵士に対しても、国民に対しても、抜群の効果を発揮したと思う。)
こうしてみれば、アメリカのセーフガードにそんなにピリピリする必要がなかったことがわかる。Bush Teamの貿易政策とは、所詮は国内問題の反映に過ぎない。そんな同盟国大統領に、少しはお付き合いしてあげられるだけの度量を、日本も持ちたいものである。

12月2日 AARPの決断とその余波 Source : AARP Faces Revolt Over Medicare Bill (AP)

AARPが会員からの反発にあっているそうだ。各地でデモやカード焼き捨て運動が行われているという。1万人から1万5000人の脱会者が出るとの予測もある。

その原因は、AARPがMedicare改革法案の両院協議会案を支持したことにある。両院協議会案を支持し、ロビー活動を積極的に展開した団体は、ほとんどが、普段から共和党支持の団体であり、その中でAARPは、異色の存在となっている(「Topics2003年11月17日(1) 共和党の踏ん張り」参照)。逆に言えば、AARPが支持に回ったからこそ、民主党議員の中でも安心して賛成に回った議員が少なからずいたはずだ。

AARPとは、主に退職者の利益を代表する団体で、会員制を取っており、その収入は会費収入に負うところが大きい。今回のようなロビー活動や、政策提言・研究などを行う一方、AARPは、販売チャネルも提供しており、AARPの販売チャネルに商品を載せられれば、その向こうに3,500万人の顧客が待っているのである。私自身の経験では、多くのモーテルで、料金表に、政府関係者、軍人と並んで、AARP会員割引があったのが印象に残っている。このように、退職者の生活に密着した活動を行っている団体で、その影響力は抜群である。

そのAARPに会員達が怒っている理由は何かと言うと、どうも次の2点のようだ。

  1. 2010年以降、民間保険プラントの競争を導入することになったこと
  2. 共和党が支持する法案に賛成したこと
1点目は、民主党の大御所達(Kennedyなど)が主張していたことであり、2点目は、多分に感情的な側面がある。しかも、上記sourceによれば、反発しているのは、シニアの高齢者、つまり、70歳以上の会員が多いそうだ。

これに対して、AARPは、「法案は完全ではないが、改革への第一歩である。今後とも同制度の改善を求めていく」とコメントしている。これは、法案賛成に回った民主党議員達のコメントと軌を一にしている(「Topics2003年11月25日(1) Medicare改革法案 最終局面」参照)。というよりも、AARPがそういうスタンスでロビー活動を展開していたのだろう。

AARPは、こうした反発が起きることを、当然予想していたであろう。それでも敢えて法案支持に回った背景としては、次のようなことが考えられる(第2点目は、上記sourceから)。

  1. 高齢者医療にとって宿願であった、処方薬に関する公的保険が実現できる。これは、AARPにとって最高の大義である。このメリットを否定する高齢者はまずいない。この大義の前には、共和党も民主党もない。

  2. AARPは、60歳未満の会員を増やしている。現時点では、約3分の1が60歳未満の会員と言われている。60歳未満の現役世代は、@自分の家族に加えて親の処方薬高騰に危機感を持っている、A競争原理の導入に抵抗感が少ない、ということを、AARPは事前に確認済みであった。クリントン政権の国民皆保険制度創設提案にAARPが賛成し、会員から強い反発を受けた経験があったため、今回は、慎重に会員の意向を調査していたそうだ。
AARPの読み通り、会員からの反発は起きているものの小規模にとどまっている。各地のデモの規模も40人程度、脱会も1万人規模ということで、3,500万人会員の中のごく一部に過ぎない。むしろ、無言のサポータが圧倒的多数ということで、内心満足しているものと思われる。

本件に関する私のコメントは、次の2点。

  1. AARPという高齢者の代表団体といえども、教条主義に陥ることなく、生き残りをかけて努力している。若い世代を取り込む、会員の最大のニーズを慎重に読み取る、という諸活動は、AARPの生き残りのためには重要な課題であろう。公益団体も、常に競争状態にあるのである。

  2. 民主党の支持基盤にひびが入った可能性がある。民主党の指導者達が本件にこだわればこだわるほど、AARPとの距離が広がる。本来、民主党支持が多い高齢者層の間に、民主党支持を落とす動きが出てしまうかもしれない。Bush政権にとっては、思わぬボーナス・ポイントとなりかねない。

12月3日 Medicare改革法の企業への影響 Source : Meidcare Reforms and Prescription Drug Coverage (Milliman) (PDF)

上記sourceは、先ごろ可決されたMedicare改革法のうち、企業に関係する部分を具体的に説明した資料である。こういう資料が、制度の詳細、つまりは本質を説明してくれる。できる限り、忠実に概要をまとめてみたい。

Medicare改革法の企業への影響

  1. 企業が提供する医療保険プランへの一般的影響

  2. 処方薬保険 (Medicare Part D)

    1. 全体像

    2. 標準的な保険プラン

    3. 退職者医療保険プランへの連邦補助金

  3. 健康貯蓄勘定(HSA)

  4. 退職者医療保険プランと年齢差別禁止法

  5. 財務諸表へのインパクト


12月4日(1) 年金関連法案を巡る年末の動き Source : Congress to address pension funding and appropriations bills after Thanksgiving recess (Pension & Benefits News)

企業年金関連の法案が、年末に議論される見通しだ。以前にも少し触れたが、アメリカ人にとってのThanksgivingは、結構大きなイベントである(「Topics2003年12月1日 アメリカの貿易政策はこんなもの」参照)。自分達が歴史に登場したことを祝っている、といってもよいくらいだ。上記sourceによれば、下院は12月8日から、上院は9日から再開するとのことだが、Thanksgivingからほぼ2週間近く休会している。しかも、街は、クリスマス・イブ、年末に向けて、(ワシントンDCですら)ますます華やいでいく。

つまり、何が言いたいかというと、11月下旬になってしまうと、議会での真剣な議論は、あまり期待できなくなるのだ。だからこそ、Bush政権並びに共和党が重要視していたMedicare改革法案について、両院協議会における審議にタイムリミットを設け、年末にかからないようにする必要があったのだ。やはり休会になってしまうと、それまでの段階を追っての議論やモメンタムが失われてしまう。日本の国会でも、審議未了廃案、ということがあるように。夏休み前も同じで、重要法案は夏休み前に決着すべく、関係者は動くのである。最近の例で、夏休み前に決着したのは企業不正防止法(S-O法)(「Topics2002年7月25日(1) 企業不正防止法」参照)、夏休み前に決着せず未だに成案を見ないのが患者の権利法案(Patients' Bill of Rights)(「Topics2002年2月11日 大統領医療改革提案」参照)である。逆の言い方をすれば、当時の政権・与党にとって大事な法案は、そうした休会前に決着を図るのである。

企業年金関連で、審議される予定の主な内容は、次の通り。

上記の1番目、2番目の項目は、DBプランを抱えるところにとっては大きな課題であることは間違いない。特に、2番目は、UALなど、苦境に立つ企業にとっては死活問題とも言える。しかし、認めることによる弊害が大きいことも確かであり、政治決着に躊躇することもよくわかる。

いずれにしても、Medicare改革法に較べれば、優先度が高くないことは明白である。決着がみられるかどうか、かなり怪しいと見ておいた方がよさそうだ。

12月4日(2) アラバマ州年金基金は言い過ぎ Source : Pension chief against major changes to retirement plan (AP)

アラバマ州年金基金(Retirement Systems of Alabama, RSA)は、US Airwaysの最大株主になるなど、積極的に事業に投資していることで話題を提供している(「Topics2003年11月20日(1) 年金基金と企業の共生」参照)。当websiteでも、何度も取り上げてきた基金である。

年金基金としては珍しい投資行動を取ることで、注目されてきたRSAだが、今回は言い過ぎたようだ。

上記sourceによれば、アラバマ州財政を改善させるため、州政府は州政府職員の年金給付の抑制を検討している。これに対して、RSAのDavid Bronner理事長は、「年金給付を抑制すべきではない。戦えば州知事は負けるぞ」と述べたそうだ。アラバマ州政府職員は、勤続年数が25年に達せば、誰でもサラリーの半額を年金として受け取ることができるそうで、大変厚い給付となっている。

RSAとしては、給付抑制により保険料収入が減ることを嫌っているのだろうが、それは本末転倒というものだろう。

RSAは、確かに年金受給者の利益に忠実に行動することが求められる(受託者責任、忠実義務)。しかし、それは州議会で決定された年金システムにのっとって、委託された財産を運用して確実に受給者に受益をもたらすことが求められているのであって、受給額の多寡を論じるために委託されているわけではない。多寡を論じるのはあくまでも議会である。

この種の錯覚は、年金の世界では珍しくない。昔、厚生年金基金の代行返上を認めるかどうかを議論していた際、厚生年金基金連合会の坪野常務理事(当時)は、代行返上を認めることに反対した。厚生年金基金の代行制度は、「民でできることは民で行うという規制緩和の先駆的制度である」と主張していたのである。しかし、「代行部分を持ちたいという企業は持てばよく、返したいのに返せないのはおかしい」というのが当時の民間企業の主張であった。厚生年金基金連合会の役員である坪野常務理事は、国会で決められた企業年金のルールに従って、厚生年金基金から離脱した受給者への年金給付についてベストを尽くすように受権しているのであって、ルールそのものについてまで発言するのは越権行為である。

今回のRSA理事長の発言も、明らかに越権行為であり、波紋を呼びそうだ。

12月4日(3) 大統領署名は来週月曜日 Source : Press Gaggle by Scott McClellan (White House)

Medicare改革法の大統領署名は、来週月曜日、12月8日になる見通しだ。12月2日、Air Force Oneでの報道官と記者との懇談で、そのスケジュールが示唆されたようである。正式には、後日詳細が発表されるそうだが、大セレモニーになるだろう。

12月9日 Medicare改革法に大統領署名 Source : President Signs Medicare Legislation (White House)

12月8日午前、予定通り、Medicare改革法にBush大統領が署名し、正式に成立した。上記sourceは、その署名前に行われた、Bush大統領のスピーチである。このセレモニーで注目していたのは、Bush大統領が、法律成立に貢献したと称える人物の順番である。どこかの独裁国家ではないが、こうしたセレモニーでは、やはり順番は大事である。

まず、担当閣僚。
  1. Tommy Thompson, Health and Human Services Secretary
続いて、連邦議会議員。◎は両院協議会メンバー その次が、行政官。 そして州知事。 最後に、高齢者の利益を代表する団体。 この順番表を見るだけで、結構面白い。
  1. まず、担当長官を賞賛するのは、当然。

  2. 次に、議会関係者の中で、Denny Hastertを最大の功労者と位置付けている。彼は、このMedicare改革法の成立に信念を持って臨んでいたし、AARPを抱き込んだという功績も伝えられている

  3. そして、後は、両院協議会のメンバーを称えている。しかも、成立に協力した2人の民主党議員に、ちゃんと謝礼をしている。彼らの協力なしには成立はありえなかったからだ。

  4. 途中内輪もめを起こした、Bill ThomasとChuck Grassleyも、仲良く順に並べてある(「Topics2003年8月28日 Medicare改革法案で共和党内輪もめ」参照)。

  5. CMSのTom Scullyは、今月15日に退官する予定になっている。今回の法律成立は、彼の退官への手向けとなった。

  6. そして、民間人の先頭に、AARPのリーダー2人を紹介し、行政官達への言及よりもうんと長く、最大限の謝辞を述べている。AARPが(民主党議員達の反対を押し切った)最大の功労者とでも言わんばかりである。当然、この署名セレモニーは、AARPのwebsiteや機関誌を通じて、全米の高齢者に伝えられるのである。

  7. 次々に高齢者団体のリーダー達が紹介される合間に、全米医師会(AMA)がさりげなく紹介されている。AMAも、このMedicare改革法をしっかりとサポートしてきたのである。

この署名セレモニーに参加した議員には、大統領の署名ペンがプレゼントされるという。議員は、その署名ペンを胸に、クリスマス休暇に選挙区へ戻り、自分達の功績を誇ることになるのである。

他方、法案に反対票を投じた議員達は、反撃を期している。いつも紹介する民主党のE. Kennedyなどは、Medicare改革を訴えてきていただけに、胸中は複雑であろう。既に、「成立した法案の修正を求めていく」と公言しているものの、あの署名ペンは、自分のものになるはずだったのに、という思いもあるに違いない。

また、メディアが行った世論調査では、反対意見が目立っているようだ。

この手の世論調査については、実際に割引カードで処方薬を買えるようになった時、処方薬を保険で購入できるようになった時(=Medicare Part D保険料を支払うようになった時)の世論の動向が大切であろう。

今後、年末から来春にかけて、政府総ぐるみで、制度改革の説明=改革法の宣伝が行われることになる。その宣伝がどれだけ効果的に行われるかが、改革法の評価を左右し、最終的には大統領選を左右することになるだろう。選挙広報と制度広報の相乗効果が生まれるかどうかが鍵となる。

12月10日 年金救済法案は棚ざらし Source : U.S. House snubs Senate-proposed pension relief (Reuters)

以前に見通しを示した通り(「Topics2003年12月4日(1) 年金関連法案を巡る年末の動き」参照)、年金救済法案は、棚ざらしとなりそうだ。8日、下院は予算関連法案を可決して、さっさとクリスマス・年末休暇に入ってしまった。上院も、9日を最終日として、同様の休暇に入ってしまう予定だ。

上院のCharles Grassley議員は、最後まで下院の説得に当たったようだが、下院の教育労働委員長のJohn Boehnerを説得できなかったようだ。上院案と下院案には、若干の乖離があることは既に記している(「Topics2003年9月19日 年金救済法案」参照) 。これでもわかるように、下院は利子率の見直しだけなのに対して、上院は、利子率見直しに加えて特例掛け金の強制適用も緩和しようとしている。下院としては、せいぜいここまで、という判断に加え、上院案が最終案として成立しそうな見通しが立たないことから、これ以上の議論は無駄、と判断したようだ。

これにより、確定給付プランを提供している企業の負担が軽減される見通しは極めて厳しくなった。特に、再建中のUALにとっては、大きな打撃となろう。Medicare改革法とぶつかったのでタイミングが悪かった、とも言えるが、それ以前に、本来積み立てるべき金額を減免しようとする上院案に無理があると言った方が正しいだろう。つまり、「規律」の問題なのである。

しかしながら、DBプランの給付債務を計算する際の割引率を、30年国債から何に変えるのか、いずれは決着をつける必要がある(「Topics2003年7月14日(1) 企業年金のルール改正提案」参照)。CBへの移行停止(「Topics2003年11月14日(2) CB Plan問題は先送り」参照)といい、この割引率問題といい、制度継続に不安を抱かせるような要素が増えてくる中、企業側がどう対応するのか。また、FASBの要請により、DBプランのさらなる情報開示も求められることになる(「Topics2003年11月19日(3) FASBの最終合意(DB情報開示)」参照)。年明け以降、企業の矢継ぎ早の対応が続出するのではないかとの観測を持たざるを得ない状況となった。

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