低金利で苦しんでいるのは、日本の企業でもアメリカの企業でも同じ。確定給付型の企業年金を持っているアメリカ企業は、低金利に伴う運用難に加え、給付債務の膨張に苦しめられている。給付債務の大きさが、企業収益を大きく圧迫しているからだ。
そのような苦境を救うべく、アメリカ財務省は、DBプランの給付債務計算のルールおよび開示制度について、改正提案を行った。ポイントは次の通り。
- 給付債務を計算する際に利用する割引率を変更する。現行制度では、30年国債の利子率を利用して計算しているが、金融緩和策を受けて、同国債の利子率は大幅に低下している。そのうえ、30年国債の発行もなくなり、指標として存続するのかどうか、見通し不透明になっている。
そこで、割引率には、社債の利子率を利用することとする。具体的には次の通り。
1〜2年後に支払う給付 → 社債の利子率(一定の構成割合の社債バスケットより計算)
3〜4年後に支払う給付 → 上から下への移行過程調整レート
5年後以降に支払う給付→ 同年で満期となる社債の利子率
これにより、国債の利子率よりも高めの適切なレートを確保するとともに、支払い時期に合わせた利子率を利用することで、債務の計算を適正化することができる。
- 現行制度では、一時金受け取りの場合の割引率は、積立金計算に使用される割引率よりも低いため、一時金受取が増えれば増えるほど、年金財政が悪化するという問題があった。そこで、一時金受取額の計算に利用する割引率は、年金給付債務の計算と同様の割引率を使用することとする。
- 財務諸表における年金資産・債務の計算を、解散基準で行い、開示する。これにより、企業倒産に伴い、突然積み立て不足が明らかになる、という事態が回避できる。
- $50M以上の積立不足のあるDBプランについては、PBGCが関連情報を開示する。
- ジャンク債の格付けを受けている企業が年金受給額を増やすのは、そのコスト増を支払保証制度に付け回しする可能性が高くなり、モラルハザードをもたらすことになる。そこで、解散基準で50%以下の積立金しかない場合、年金受給額の増額は認められない。PBGCに接収されたDBプランを持っていた企業の90%が、接収までの10年間にジャンク債の格付けを受けていた。
提案1は、給付債務の支払い時期と、使用する割引率を対応させようというもので、新しい考え方と言える。このようなイールドカーブを使用することにより、支払いピークが遠ければ高い割引率を利用することができるようになる。その意味するところは、従業員の年齢構成の高い企業では、支払い時期が相対的に近くなるため、低い割引率をりようすることになり、構成の若い企業は高い割引率を利用できるようになる。つまり、古い企業ほど給付債務は大きく計算されることになる。
提案3により、給付債務は多目に見積もられることになる。また、提案4、5により、積立不足に陥っている企業は、苦境に立たされることになる。
割引率の新提案は、企業にとって救いとなるかもしれないが、その影響度は産業により、企業により異なる。また、情報開示の改正提案は、財務面で苦しい企業にとっては、泣き面に蜂、ということになる。政治的には相当難しい提案のように思えるが、2004年選挙戦までに、企業年金の苦境を救いたいというBush政権の苦肉の策、ということだろう。
倒産後、1年半を経て、ようやく再建計画が破産裁判所に提出された。今後、その是非を巡って、Enron、債権者、裁判所の間で議論が行われることになる。
しかし、政府による調査、集団訴訟等により、今後どれだけ負担しなければならないのか、その見通しはきわめて不透明になっている。専門家によれば、再建計画が承認されるまで2年かかるかもしれないという。これは途方もなく長い道のりである。その間、優秀な従業員を引き止めておくだけの財力が続くのか、所有する資産が減価しないか。多くの課題が待ち構えている。
日本でも報道されているので、よくご存知だと思うが、マイクロソフト社が、報酬としてのストックオプションの付与をやめる旨を公表した。その主な理由として挙げられているのが、@同社が成熟してきて、以前のように株価上昇幅が大きくなくなり、魅力ある報酬制度とはなりえなくなってきたことに加え、AFASBが検討している、自社株を利用した報酬を費用化する方向でFASBが検討に入っていること、である。同社では、ストックオプションに換えて、Restricted Stockという株式を付与する制度にするという。5年で受給権を与えられ、その後は現金化できるようになる。ストックを付与することで、株価と報酬が連動するという面は同様であり、ストックオプションと同様の効果を狙えることになる。
なお、このRestricted Stockの特徴は、次の通り。(PriceWaterHouse Coopersのwebsiteより)
3. Restricted Stock
特徴:
制限付きストックプランでは、株主権を獲得するまでは特定期間の雇用を継続しなければならない制限がついています。Restricted Stockに譲渡性はなく、雇用期間の経過と受益者のパフォーマンスによって、その制限が解消されていきます。インセンティブ報酬として、受益者は投票権と配当権利を受領します。
長所:
Executive:
- インセンティブ報酬が高額になる可能性がある
- 税務申告で83(b)の選択をした場合、Capital gain taxでの特典の可能性がある
- 株式価格が報酬の価値と連動していないため、最低限の報酬が確保されている
- 自社株を優遇された条件でもらうことができ、同時に投票権、配当権利を受領する
- 節税対策での柔軟性がある
Company:
- 受益者に株主としての権利を与えられる
- 報酬費用の見積が可能で引当計上が事前に可能である
- 受益者の自社株保有を促進する
- 受益者は株式を速やかに受領でき、他のインセンティブ報酬よりも効果的に受益者と企業のアイデンティティーを促進する
- Restricted stockに関わる制限があるがために、受益者との雇用継続を維持できる
- 制限期間中にRestricted stockを受益者より買い上げること(buy-out)が可能で、このbuy-outにより受益者との雇用関係の見直しが可能となる
短所:
Executive:
- 株価の変動が受益者固有のパフォーマンスと直接連動していない
- 原則として、報酬として取得した株式の売却に制限があり、また報酬権利が消滅するリスクがある
Company:
- 報酬が企業収益性に連動していない
- 受益者が簡単に株式を受領できることから、既存の株主よりの反感を受ける可能性がある
- 受益者の税務対策が企業の税務対策に影響する可能性がある
- 税務上での損金算入額が会計上の当該費用より多額となる場合、法人税のミニマムタックスが増加する可能性がある
自社株を利用した報酬制度は、dilusionを引き起こすのみで、費用として認識する必要がなく、起業には有利と言われてきた。しかし、いくら自社株とはいっても、企業からキャッシュが出て行くことには変わらず、それだけ株主への利益配当が影響を受けることは間違いない。労働に対する報酬を明らかにするという意味でも、FASBの検討方向は正しいと考える。
実際、EnronやWorldComの倒産を目の当たりにしたアメリカ人が、そのような方向に動くのは当然だろう。会社を倒産に追い込んでおきながら、オプションで多額の報酬を手にしている経営陣(「Topics 2002年6月7日 企業トップの離職手当て」参照)を見て、理不尽に感じた国民は多かったと思われる。そのような感情論を排したとしても、経営陣が突然多額の報酬を手にするという事態を未然に防ぎ、正確なな報酬額をステークホルダーに伝えるということは、大切だと思う。
こうした動きは、遅かれ早かれ日本にも伝わってくるだろう。せっかくストックオプションが導入されたばかりなのに、という日本企業もあるだろうが、報酬を費用として認識せずに支払うというのは、あまりにも虫がよすぎると思う。
なお、ストックオプションを費用化することで、大幅な株価下落を招くのでないかとの懸念もあるが、このレポートによれば、市場はすでにそのような費用を織り込んで株価を見ているため、下落はするものの、その幅はそれほど大きくないとのことである。
退職者医療保険のあり方が年齢差別禁止法(ADEA)の対象になるのではないかとの議論が行われてきたが、その議論に終止符を打つべく、労働省が年齢差別禁止法の改正案を公表した。退職者医療と年齢差別禁止法の関連については、拙稿「年齢差別禁止法と退職者医療保険」をご参照いただきたい。
改正提案の主旨は、退職者がMedicareまたは州の退職者医療保険の対象者となった際、企業が提供してきた退職者医療保険を変更する、給付を削減する、または給付を停止するといった慣行は、ADEAの非適用とするというものだ。
日本人からすれば、当然の措置だろう。片方で公的医療保険を受けながら、ダブルで同様の給付内容である退職者医療保険の維持を求めることは、社会的無駄である。そればかりか、経費負担の不合理性を嫌って、企業が退職者医療保険の提供そのものをやめてしまう恐れが大きくなる。そうした危惧からすれば、今回の労働省の提案は適切であり、9月12日までのパブリック・コメント期間終了後、早急に実施に移すべきであろう。
なお、上記Sourceは、問題の背景、判例等の経緯も説明してあり、今回の改正案のバックグランドを知りたい向きには、豊富な情報を提供してくれている。
15日のTopicsの続きだが、こちらのソースの方が、簡潔に記されているので、読みやすいかもしれない。
このレポートで、EEOC提案に対する反応として、
@高齢者を代表するグループからは反対コメントが寄せられるかもしれないものの、
A同じような内容が、Medicare改革法案の上院案に含まれており、議会からの反対はないと見られている
ため、それほどの議論もなく、施行に至るのではないかとみている。
7月15日、Medicare改革法案に関する両院協議会での議論が開始された。両院の共和党側主要メンバーは、協議成立に楽観的な見通しを持っているが、民主党側は、立場が別れている。特に、下院案に含まれている、2010年から伝統的なMedicareプランと民間プランの間で価格競争を導入する、という規定は、かなり抵抗があるようで、上院民主党で上院案の作成に携わった大物議員も、下院共和党に譲歩を求めている。
高齢者の利益代表として最強の圧力団体であるAARPは、上記競争導入規定を最も問題視しており、この規定が落ちない限り、仮に両院協議会の成案ができたとしても強く反対する、と強硬な態度を表明している。
なお、処方薬カバレッジに関する上院案、下院案の比較を視覚的にまとめたKaiserの資料があったので、掲載しておく。
さらに専門的な詳細な比較表もここにまとめられている。
上記Sourceの発表元である、ABCは、大企業の意向を代表して、Employee Benefitsに関する意見を発表するする団体である。その団体が、財務省提案に反対または懸念を表明を懸念しており、注目に値すると考える。
その主張のポイントは次の通り。
また、Washington Postは、次のように警告をしている。
- 財務省提案は、単なるアイディアの段階にすぎない。さらに具体的な提案が必要である。例えば、PBGC保険料、一時金、キャッシュバランスにおける利子ポイントの付与、年金額などに関する算出方法が明確にしなければならない。
- 年金プランのボラティリティが高まる。年金プランの給付債務は、利子率の変動だけでなく、イールド・カーブの形状の変化によっても変動することとなる。
- イールド・カーブを利用することには、技術的な問題が伴う。一定の償還期間について社債が品薄となっている場合、年金プランとは関係なくとも、一社でも父さんが発生すれば、利息、イールド・カーブとも大きな影響を受ける。その結果、給付債務のボラティリティは高まる。
- 給付債務の計算にイールド・カーブを利用すると、計算が複雑になる。特に、一社でもいくつもの年金プランを運営している場合、プランごとに割引率が異なるようなケースが出てきて、管理コストが高まる。
- 年金プランの安定化に向けた第一歩は、事実に基づき、正確な将来コストの予測を出すことであり、今現在の企業利益を膨らませるものの問題を大きくしてしまうような、都合の良いフィクションを作り出すことではない。