11月20日(1) 民間版"社会保障改革プラン" 
Source :Restoring America’s Future (Bipartisan Policy Center)
National Commission on Fiscal Responsibility and Reformが最終報告書の取りまとめに向けて全力を挙げている中で、民間版の財政健全化策提言が公表された。まとめたのは、上院議員OBが設立したシンクタンク、Bipartisan Policy Centerである(「Topics2009年4月6日 上院議員OB達も参戦」参照)。

そこに盛り込まれた社会保障改革プランのポイントをまとめておく。
  1. "Payroll tax holiday"
    • 2011年の1年間、social security taxの課税を停止する。
    • これに要するコストは$650B近くに達するが、250万人から700万人の雇用創出をもたらす。
    • これにより生じた年金財政負債は、債務縮小目的売上税(後述)を含む政府の一般財源から補填する。

  2. 新売上税の創設
    • 債務縮小を目的とした"Debt Reduction Sales Tax (DRST)"を創設する。
    • 税率は6.5%。

  3. 医療費の抑制
    • コスト効率のよい医療保険プランへの誘導
    • Medicareコストの抑制(短期)
      • Part B保険料を引き上げ、プランコストにおける構成比を25%から35%にする(5年間)。
      • 製薬会社からの割引率を高める。
      • 自己負担を見直す。

    • Medicareコストの抑制(長期)
      • 受給者一人当たりの連邦政府負担の伸び率を、"GDP+1.7%"から"GDP+1%"に抑制する。
      • コスト伸び率の方が高い場合には保険料を引き上げる。

    • Medicaidコストの抑制(短期)
    • Medicaidコストの抑制(長期)
      • 2018年から、受給者一人当たりのコストの伸び率を1%以内に抑える。
      • 連邦政府と州政府の負担構造を見直す。

    • 医療訴訟法制の改革
      • 非経済的な損害、罰則的な損害に対する賠償に上限を設ける。
      • 医療行為に関するセーフ・ハーバーなどの構造的な見直しを進める。

  4. 公的年金改革
    • Social security taxの課税対象報酬額を、今後38年間で、(現在の$106,800から)90%をカバーするような水準に引き上げる。
    • COLA規定の見直し
    • 上位25%の受給者の受給金額の伸び率を抑制する。
    • 最低保証金額を引き上げる。
    • 2023年より、平均余命に応じて給付額を調整する。
    • 2020年より、州政府等の自治体職員の新規採用者から公的年金制度への加入を義務付ける。
    • 受給開始年齢は引き上げない。
当面の雇用に配慮して"Payroll tax holiday"を提案しているところと、公的年金の受給開始年齢引き上げが含まれていないことが特徴であろう。

※ 参考テーマ「公的年金改革」、「Medicare

11月20日(2) 最低賃金の目減り 
Source :The declining value of minimum wage (EPI)
2007年、最低賃金引き上げが決定された。その内容は、2007年から2009年の3年をかけて、$5.15/hから$7.25/hへと2ドル以上も引き上げるという野心的なものであった(「Topics2007年7月27日 最低賃金引き上げと減税規模」参照)。

しかし、上記sourceによれば、その間の物価上昇を勘案すると、3年間で$1.36/hしか上がっていないことになる。さらに、長期で見れば、最低賃金の実質的な価値が最も高かったのは1968年であり、その後は大きく低下した後、やっと$6/h台を維持している、といった推移である。
この記事を読んでいるうちに気付いたのだが、アメリカは2007年12月から2009年6月までが景気後退期であった。つまり、アメリカは、景気後退期に最低賃金を上げ続けていたことになる。失業が大幅に悪化し、なかなか雇用が回復しない背景には、この最低賃金の引き上げがあるのかもしれない。

※ 参考テーマ「最低賃金

11月20日(3) "Doc Fix"延長 
Source :Delay on Doctors’ Medicare Pay Cut Gives Time for Longer Fix (BusinessWeek)
レームダックとなっている連邦議会だが、それなりにやらなければならないことは多い。世間的には「ブッシュ減税」の延長が注目されているが、Medicareの診療報酬大幅カット(23%)の執行猶予も11月末に迫っている(「Topics2010年6月27日 "Doc Fix"法案成立」参照)。

上記sourceによれば、上院では1月1日まで削減猶予延長のための法案(H.R. 5712)を可決した。

それにしても、こんなつぎはぎの延長策をいつまで続けるのだろうか。1ヵ月延長すると、それだけで$1Bが必要となる。財政健全化の観点からすると、でっかい水漏れ穴があいているような状況である。医療保険改革法でも、診療報酬カットを前提としており、これが実現されなければ、ペイゴーの原則は守られないことになる。

(12/1追記)


11月29日、下院も法案を可決し、即日、大統領府に送付された。

(12/2追記)


11月30日、大統領が署名し、法案は成立した。

※ 参考テーマ「Medicare

11月18日 失業保険給付拡充の効果 
Source :US Labor Department study underscores positive impact of unemployment insurance (DOL)
労働省が、この3年間の失業保険拡充策について、その効果を計測している。主なポイントは次の通り。
  1. 失業保険に費やした費用$1に対し、経済活動の増加分は$2に相当する。

  2. 景気後退期、四半期あたり160万人の雇用維持効果があった。

  3. 景気後退期に、180万人の雇用喪失、失業率1.2%分を回避した。

  4. 失業給付により、GDPの減少を18%圧縮した。
そして最後に、このまま議会が何も対策を講じなければ、通常の26週分の給付に削減されてしまい、年末までに200万人分の給付、来年1年間で400万人以上の給付が削減されることになる、と警告している。

さて、消化試合を余儀なくされる連邦議会でアクションが取れるのかどうか。

※ 参考テーマ「解雇事情/失業対策

11月17日 NCFRRに援軍? 
Source :US fiscal panel members seek deficit vote (Financial Times)
早くも先行きが危ぶまれているNational Commission on Fiscal Responsibility and Reformが報告書(「Topics2010年11月11日 社会保障改革プラン」参照)だが、12月1日の期限を前に、強力な援軍が現れそうである。

内容面でもまだまだ課題がたくさん残されているが、今後の審議について、Pelosi下院議長が「全く受け入れられない」との意思表明を行っていたため、その先行きが絶望視されていた。

ところが、上記sourceによれば、Reid上院院内総務(D)Boehner次期下院議長(R)が、「残りの会期で上院、下院で議論は行うものの、来年の新連邦議会(第112連邦議会)でも審議を行う」との意向を示しているという。

もし本当にそういう手続きになるとすれば、Pelosi下院議長という大きな障害が取り除かれることになる。また、これまでのReid院内総務とPelosi下院議長のバトルの歴史を考えれば、そういった可能性も充分考えられる(「Topics2009年2月14日 アメリカ復興再投資法」「Topics2009年10月19日(1) Pelosi vs. Reid」参照)。

もちろん、中身次第であることは言うまでもない。

※ 参考テーマ「公的年金改革」、「Medicare

11月16日 不法移民子弟の大学授業料 
Source :In-state tuition for illegal immigrants is preserved with California Supreme Court ruling (Los Angeles Times)
実は、このテーマは、当websiteで一度紹介したことがある(「Topics2006年2月23日 公立大学の授業料」参照)。そこでは、いくつかの州で、不法移民の子弟であっても、州立大学で州民と同様の割引授業料の適用が行われている。そのうちの一つが、上記sourceで扱われているCA州である。

CA州では、CA州の高校に最低3年間在籍し、卒業した者であれば、不法移民の子弟であっても州立大学の割引授業料の適用を受けられる。CA州では、約25,000人の不法移民子弟がその適用を受けていると言われている。一方、連邦法では、居住しているという事実だけで不法移民に教育サービスを提供することを禁止している。

CA州の割引授業料適用ルールが連邦法に抵触するのではないか、との裁判が行われていたが、15日、CA州最高裁は、判事全員の賛成により、連邦法に抵触しないとの判断を示した。

今後は、連邦最高裁でその判断が争われることになるが、ここでも州の権限と連邦の権限の境界線が争われている。つくづく不法移民問題は、この境界線を巡る争いであることを思い知らされる。

※ 参考テーマ「移民/外国人労働者

11月15日 Medicaidから脱退? 
Source :States' Woes Spur Medicaid Drop-Out Talk (Kaiser Health News)
州議会がMedicaidからの脱退を真面目に検討しようとしているそうだ。その背景には、厳しい州財政事情がある。「州財政は壁際にまで追い込まれている」という感覚だという。上記sourceによれば、Texas、Alabama、Mississippi、Washington、Wyomingなど、10数州の州議会が検討しているという。

Texas州を例にとると、同州内のMedicaid支出は$45Bだが、連邦政府はその60%を支出している。単純に考えれば、Medicaidから脱退すれば、こうした連邦政府支出がなくなることになり、やがては州政府の支出増や州民の保険料増加として跳ね返ってくるだけである。それでも脱退したいと考えるのは、医療保険改革法により、Medicaid対象者が拡大すること、さらにはMedicaidから脱退すればそれら州民の保険加入コストがすべて連邦政府に賦課されるのではないか、との淡い期待もあるようだ。

※ 参考テーマ「無保険者対策/州レベル

11月14日 失業保険も財政危機 
Source :California's unemployment fund has $10.3 billion deficit (Sacramento Bee)
公的年金、Medicaid、Medicare、州政府職員の年金、退職者医療など、アメリカの社会保障制度は財源不足が問題となっているが、失業保険も例外ではない。

まず、基礎知識として、失業保険制度の財源を確認しておく(Unemployment Compensation : Federal-State Partnership by DOL)。
  1. 保険料

    1. 連邦保険料
      • 従業員の年間報酬のうち最初の$7,000に対して、6.2%を企業に課す
      • 当該企業が州政府への保険料を支払っている場合には、その額に関わらず、5.4%の税額控除を認める
      • これにより、実質的な連邦保険料は0.8%(=$56/Y)
      • ただし、2010年からは連邦保険料が6.0%に引き下げられるため、実質連邦保険料は0.6%(=$42/Y)

    2. 州保険料
      • 企業に対して課す(各州ごとの課税方法
      • ただし、Alaska、New Jersey、Pennsylvaniaの3州は、従業員からも徴収する。
      • 保険料率は、過去の失業発生実績に応じて個別企業に適用("experience rating")

  2. 借り入れ

    1. 連邦政府からのローン
      • 失業保険給付が充分にできないと見込まれる場合、州知事は連邦労働長官に対し、ローンを申し入れることができる
      • 2年連続1月1日時点で借り入れ残高がある場合、@2年目の11月10日までに残高全額を返済するか、A2年目以降の連邦保険料を引き上げて引き上げて返済しなければならない
      • 上記Aについては、ローン残高がある限り、連邦保険料に関する税額控除を、最低0.3%ずつ引き下げる
      • さらに残高が大きい場合には、3年目、5年目の税額控除引き下げ率を高める
      • 州政府がローン利子をまったく支払えない場合には、税額控除を全額認めない
      • 現時点での各州のローン残高

    2. 州政府自身の借金による繰り入れ
以上を踏まえたうえで、上記sourceで示されているCA州の現状をまとめておく(オリジナルは、"California's Other Budget Deficit: The Unemployment Insurance Fund Insolvency" by Legislative Analyst's Office (LAO))。
  1. CA州の失業保険会計は、$10.3Bの赤字と推計。うち、連邦政府からのローンは約$8.5B

  2. 来年には失業保険の赤字は$13.4Bにまで拡大する見込み

  3. また、来年のローン利払いは、約$362M

  4. 仮にローンの完済ができなければ、2012年から実質的な連邦保険料の引き上げを実施しなければならない

  5. 最初は$21(0.3%相当)だが、これが徐々に引き上げられ、2016年にはCA州の企業は、従業員一人当たり$196の追加負担を求められる

  6. これは、企業負担全体が$2.2B引き上げられることに等しい

  7. 現在、CA州の企業は、平均従業員一人当たり$419の保険料を支払っている。これは既に全国平均よりも24%高くなっている
このままいけば、確かにCA州の企業には大きな打撃となりそうである。さらに、連邦政府からの借入れ残高で見ると、
California$8.5B
Michigan$3.8B
New York$3.2B
Pennsylvania$3.0B
と続く。いずれも、失業問題が大きくなっている州である。失業率が高水準のまま、失業保険料率は上がり続けることになり、雇用問題の深刻度はますます深まるばかりである。

※ 参考テーマ「解雇事情/失業対策

11月11日 社会保障改革プラン 
Source :CoChairs' Proposal (National Commission on Fiscal Responsibility and Reform)
いよいよ、National Commission on Fiscal Responsibility and Reformが報告書の取りまとめにはいった(「Topics2010年9月15日 受給開始年齢引き上げを検討」参照)。10日、上記sourceのように、議長提案を公表した。最終取りまとめ期日である、12月1日までにさらに議論が進められる予定である。

内容としては、歳出カットと税制改革の両面で、多岐にわたる提案が盛り込まれている。その中で、社会保障に関わる部分のポイントは次の通り。
  1. 医療費の抑制
    • 中期:"Doc Fix"を棚上げし、その代替財源を確保する。
      1. 2015年よりMedicare診療報酬を新しいものにし、効率化を図る。
      2. Medicare Part Dのブランド品の割引率を高める。
      3. 医療過誤訴訟の賠償額に上限を設ける。
      4. Medicare加入者の自己負担割合を高める。
      5. IPABの権限を強化する(「Topics2010年5月22日 Medicare支出抑制策:IPAB」参照)。

    • 長期:2020年以降、I国民医療費の伸び率を、GDP伸び率+1%以内に抑制する。

  2. 公的年金改革
    1. 改革の成果は公的年金制度内にとどめ、一般財政収支の改善には用いない。
    2. 貧困ラインよりも高い水準に、最低給付額を設定する。
    3. 50%以上の受給者の所得代替率を引き下げる
    4. 現行制度上で受給開始年齢が67歳に達した後、2050年までに68歳、2075年までに69歳に引き上げる。
    5. COLAに利用する物価指数を現実的な計算方法に改める。
    6. 2020年以降、新たに採用された州政府・自治体職員を公的年金に加入させる(「Topics2010年7月22日(1) 連邦政府年金への移行を模索」参照)。
    7. 課税対象上限額を徐々に高め、2050年までに総報酬の90%が課税対象となるようにする。
今後は12月1日を目指して、18人のメンバー中、14人が賛成する報告書にしなければならない。元々14人以上が賛成する案ができるのかどうかが疑問視されていたうえに、先の中間選挙結果を受けて、その可能性はますます低下したと言われている(New York Times)。

仮に14人以上の賛成が得られて報告書が連邦議会に送付されたとしても、上院、下院の順に票決することになっている。つまり、最終ハードルは下院となる。その下院は、先の中間選挙で民主党が大敗したとはいえ、来年1月までは民主党が過半数を握っており、下院議長はPelosi議員のままである。Pelosi議長は、今回の議長提案について、明確に「全く受け入れられない」とのコメントを公表している。

相当ハードな前途が待っているようだ。

※ 参考テーマ「公的年金改革」、「Medicare