11月30日 ERISA vs States (5) Source : The National Coalition on Benefits (NCB)

MA州をはじめとして、CA州、NM州などで、"Pay or Play"原則の議論が広がりつつある。そういえば、最初はMD州であった。その他の州でも、法案審議が活発に行われている(National Conference of State Legislatures)。

こうした州レベルでの議論の流れに危機意識を募らせているのが、企業側、特に手厚いベネフィットを提供してきた企業群である。そうした企業などが中心となって、『"ERISA"を守れ』を合言葉に、上記団体(NCB)を結成した。

要するに、"Pay or Play"ルールが各州で成立してしまえば、ERISAで守られてきた企業が提供するベネフィット・プランは、大きな打撃を受け、企業によるベネフィット提供が継続できなくなる、と主張しているのである。

当websiteでは何度も指摘してきたが、"Pay or Play"とERISAとは、まともにぶつかり合えば、両立しないことは明らかである。実際、MD州では、司法判断により、ERISA違反として"Pay or Play"を含んだ法律が無効となった。

大統領選の年を迎えるにあたり、いよいよ、"Pay or Play"ルールを巡る攻防が激しくなってきたようだ。

11月28日 7つの課題と5つの政策提言 
Source : National Health Care Reform: Opportunity or Crisis? (Thomas J. Donohue, President and CEO, U.S. Chamber of Commerce)

上記sourceは、全米商工会議所(USCC)Donohue会頭が行った医療制度改革に関する演説である。一応、アメリカ経済界のトップがどのような考え方にあるかを知るにはいい材料なので、まとめておく。 最後に本人も認めているように、何も驚くことはなく、新しいこともないのである。つまりは、これまでのBush政権の政策を堅持しろといっているのである。しかし、それでは、これまでの7年間、どうして課題が解決されてこなかったのかという問に対する回答にはならない。

それにしても、わざわざ引用するほど、イギリス、カナダ(そしてキューバも)の公的医療保険制度に対する嫌悪感が強い。医療を『飯の種』と考えているかどうかの違いだろうか。もしそうならば、最初の政策提言「倫理綱領」云々というのは、言っても無駄、ということではないだろうか。

11月27日 MAが試金石? Source : Massachusetts Faces a Test on Health Care (New York Times)

MA州の医療保険加入義務がどれだけの効果を示すのか、注目を集めている。民主党大統領候補選でもClintonとObamaが義務化を巡って論争している(「Topics2007年9月18日 Clinton提案」参照)し、先ごろ議会民主党との協議が成立したようだが、CA州でも議論が続いている(「Topics2007年11月20日(1) 加州議会民主党法案」参照)。NM州知事も、保険加入義務化を提案している(「Topics2007年11月1日 New Mexico州知事の皆保険提案」参照)。

ところが、上記sourceでは、MA州の無保険者が結構残っている、と見られている。 しかし、当初の法案審議や、法施行後に示されていた数字は、次のようになっていた。
こうしてみると、結構いい調子で無保険者は減りつつあるように思える。実際、2006年の数字では、MA州の無保険者は620,128人で、総人口が6,328,345人、無保険者割合は10%で、全米5番目の低さであった(statehealthfacts.org)。これを、単純に、無保険者が20万人減で総人口が変わらないとすると、無保険者割合は6.6%と、一気に全米一の数字となる。立派な成果ではないだろうか。

しかも、上記sourceにもある通り、来年の所得税におけるペナルティはまだまだ小さく、本格的に効いてくる2009年が勝負の年になる。ちょっと性急な結果を求めすぎているようである。もしくは、悪く取ると、どうしても大統領選に結び付けたいがための報道のような気がする。

少し話題がそれてしまうが、上記sourceによると、Obama上院議員は、「どうやって加入義務を執行するのかを示していない」とClinton上院議員を批判しているようだが、そういう人には、次の言葉をお贈りしたい。

"The Best is the Enemy of the Good."

11月26日 病んでいるアメリカ医療保険 Source : Accident Victims Face Grab for Legal Winnings (WSJ.com)

"Subrogation"という単語がある。辞書でひくと、「代位弁済」とある。「代位弁済」を広辞苑で調べると、「第三者が債務者に代わって弁済すること」とある。しかし、上記sourceで出てくるのは、医療保険の村言葉で、『医療費は二重払いしない』というルールを指している。

上記sourceに出てくる事例を、時系列でまとめてみよう。
1999年Mrs. Deborah ShankがWal-Mart(ミズーリ州Cape Girardieu)での勤務を開始する。

『裁判により賠償を受けた場合には、Wal-Mart医療保険プランが支払った医療費の返還を求める』との条項は、既に医療保険プラン規定に含まれていた。
2000年2月Deborahが医療保険加入資格を取得。
2000年5月Deborahが運転する車と運送会社(G.E.M. Transportation Inc.)のトラックが衝突。集中治療室での治療を続けるも脳神経麻痺が残る。

治療費は$460,000余りにのぼったが、Wal-Mart医療保険プランは、即刻支払うと同時に、夫(Mr. Shank)に対して、裁判で賠償を争う場合にはWal-Mart医療保険プランに事前に連絡するよう通知する。
2002年Shank夫妻は、運送会社(G.E.M.)に損害賠償を求めて訴え、勝訴した。

Mr. Shankは、20万ドルを受け取り、法廷費用を引いた$119,000が手元に残ったが、ほぼすべてを妻のための平屋の家の購入に充てた。

Mrs. Deborah Shankは、70万ドルを受け取り、法廷費用を引いた$417,477を、将来の介護のための信託基金とした。

この時点で、Shank夫妻の弁護士(Maurice Graham氏)は、Wal-Mart医療保険プランに対して、『Deborahは直接賠償金を受け取っておらず、Wal-Mart医療保険プランに変換する資金はない』旨を通知した。

その後、Ddeborahは入退院を繰り返し、24時間介護が必要な状況となり、介護施設に入所した。
2005年8月Wal-Martが、Shank夫妻に対して、彼らが受け取った賠償金の中から、Wal-Mart医療保険プランが支払った医療費$469,216を返還するよう求めて裁判を起こした。医療保険プラン規定に定めた返還を行っておらず、規定違反であると訴えたうえで、法廷費用、利子まで請求した。

Graham弁護士は、示談を求めたが、Wal-Martプランは係争を続行すると主張。
2006年8月連邦地方裁判所のLewis Blanton判事が、Wal-Martの訴えを認める。

別の裁判で、連邦最高裁が、医療保険プランから加入者への償還請求について、ガイドラインを示す。
2007年介護の担当局から「独身女性の方が公的援助を受けやすい」とのアドバイスもあり、Shank夫妻が離婚。Deborahは、禁治産者を宣告され、離婚されたことも理解していない。
2007年8月連邦控訴裁判所(8th Circuit Court of Appeals)が地方裁判所の判決を支持。再審請求も10月に却下された。

Shank夫妻は、最高裁に訴える予定だが、受理される可能性は小さい。この判決が確定してしまうと、Deborahは、Medicaidと公的年金に頼るしかなくなる。
確かに、医療保険プランの規定を守ろうとすれば、こういう結論になってしまうのだろう。プラン側にも、加入者全体の利益を追求するという受託者責任があることは理解できる。

通常、賠償金を請求する側の弁護士は、事前に医療保険プランと相談して、医療費の返還をしても手許に残るようにするのが一般的という。そういう意味では、この事件の弁護士は、事前にWal-Mart側と意思疎通を行っておらず、事後の一方的な通告だったのはまずかったと思う。

保険プラン相互の間で二重払いしないという原則はよくわかる。保険数理が狂ってしまうからだ。これは日本でも当てはまるだろう。

しかし、医療保険は、そもそも医療費の支払いのためにあるのであり、本事件で受け取った賠償金は、将来の介護のために信託されている。目的が明らかに異なっている。そこまで手を突っ込んでおいて、全体の厚生のため、と言い切れるのだろうか。

一方で、保険会社のトップは高額の報酬を得、TVスポットや政治活動に多額の資金を投じている。シュワ知事が、保険料の85%を償還すべき、と主張しているのが、痛いほどよくわかる(「Topics2007年1月9日 シュワ知事の提案」参照)。アメリカの医療保険は病んでいる。

11月22日 VEBAの効用と限界 Source : Commentary on Retiree Health VEBAs (The Segal Company)

Big 3とUAWの労使交渉で一躍有名となった感のあるVEBAs(退職者医療)だが、上記sourceは、その筋の実務専門家がまとめた効用と限界である。参考になるので、簡単にまとめておく。
退職者医療とは全然関係ないんだけれど、日本の企業年金は「退職者年金VEBA」なんだ、と説明すると、アメリカ人には理解されやすいのではないだろうか。

なお、GM、Fordの株価は下げ止まったようにも見えるが、まだまだ先行きは不透明である(「Topics2007年11月20日(3) GM/Fordの株価下落」参照)。 ⇒ GM  Ford