MA州をはじめとして、CA州、NM州などで、"Pay or Play"原則の議論が広がりつつある。そういえば、最初はMD州であった。その他の州でも、法案審議が活発に行われている(National Conference of State Legislatures)。
こうした州レベルでの議論の流れに危機意識を募らせているのが、企業側、特に手厚いベネフィットを提供してきた企業群である。そうした企業などが中心となって、『"ERISA"を守れ』を合言葉に、上記団体(NCB)を結成した。
要するに、"Pay or Play"ルールが各州で成立してしまえば、ERISAで守られてきた企業が提供するベネフィット・プランは、大きな打撃を受け、企業によるベネフィット提供が継続できなくなる、と主張しているのである。
当websiteでは何度も指摘してきたが、"Pay or Play"とERISAとは、まともにぶつかり合えば、両立しないことは明らかである。実際、MD州では、司法判断により、ERISA違反として"Pay or Play"を含んだ法律が無効となった。
大統領選の年を迎えるにあたり、いよいよ、"Pay or Play"ルールを巡る攻防が激しくなってきたようだ。
上記sourceは、全米商工会議所(USCC)のDonohue会頭が行った医療制度改革に関する演説である。一応、アメリカ経済界のトップがどのような考え方にあるかを知るにはいい材料なので、まとめておく。最後に本人も認めているように、何も驚くことはなく、新しいこともないのである。つまりは、これまでのBush政権の政策を堅持しろといっているのである。しかし、それでは、これまでの7年間、どうして課題が解決されてこなかったのかという問に対する回答にはならない。
- アメリカ医療制度の7つの課題
- 医療コストの高騰
- 医療過誤
- 医療過誤訴訟
- ITの活用
- 加入者の責任と応分の負担
- 無保険者
- 政府の役割
- 5つの政策提言
- 医師の倫理綱領の宣誓に忠実になり、民間セクターによる医療提供が効率的であるという従来の方針を堅持する。
- 企業による医療保険プラン提供を維持する。そのためには、ERISAを堅持する。
- 個人医療保険市場を活性化する。そのための税制改正、HSAsの拡充を図る。
- ITを活用することにより、コストの高騰、非効率性を排除する。
- 健康管理、予防を推進する。
MA州の医療保険加入義務がどれだけの効果を示すのか、注目を集めている。民主党大統領候補選でもClintonとObamaが義務化を巡って論争している(「Topics2007年9月18日 Clinton提案」参照)し、先ごろ議会民主党との協議が成立したようだが、CA州でも議論が続いている(「Topics2007年11月20日(1) 加州議会民主党法案」参照)。NM州知事も、保険加入義務化を提案している(「Topics2007年11月1日 New Mexico州知事の皆保険提案」参照)。
ところが、上記sourceでは、MA州の無保険者が結構残っている、と見られている。しかし、当初の法案審議や、法施行後に示されていた数字は、次のようになっていた。
- 無保険者から保険加入者になったのが20万人超。
- 依然として無保険の状態にいるのが、20〜40万人。
- 加入義務免除者が6万人。
- 医療保険を提供しないと決めた企業数は518社(Kaisernetwork)。
- その他多くの企業が、従業員11人未満ということで、"Pay or Play"ルールの適用を受けない(Kaisernetwork)。
- 3年間で515,000人の無保険者を医療保険に加入させることにつながる。これは、同州無保険者の95%に相当し、州全体で無保険者は1%未満となる見込みである。(「Topics2006年4月10日 Massachusetts州の皆保険法案」参照)
- 保険未加入者は、約217,000人。 従来の未加入者で、7月1日までに新たに保険に加入したのは、155,000人以上。(「Topics2007年7月20日 (1)MA州未加入者数」参照)
こうしてみると、結構いい調子で無保険者は減りつつあるように思える。実際、2006年の数字では、MA州の無保険者は620,128人で、総人口が6,328,345人、無保険者割合は10%で、全米5番目の低さであった(statehealthfacts.org)。これを、単純に、無保険者が20万人減で総人口が変わらないとすると、無保険者割合は6.6%と、一気に全米一の数字となる。立派な成果ではないだろうか。
しかも、上記sourceにもある通り、来年の所得税におけるペナルティはまだまだ小さく、本格的に効いてくる2009年が勝負の年になる。ちょっと性急な結果を求めすぎているようである。もしくは、悪く取ると、どうしても大統領選に結び付けたいがための報道のような気がする。
少し話題がそれてしまうが、上記sourceによると、Obama上院議員は、「どうやって加入義務を執行するのかを示していない」とClinton上院議員を批判しているようだが、そういう人には、次の言葉をお贈りしたい。
"The Best is the Enemy of the Good."
"Subrogation"という単語がある。辞書でひくと、「代位弁済」とある。「代位弁済」を広辞苑で調べると、「第三者が債務者に代わって弁済すること」とある。しかし、上記sourceで出てくるのは、医療保険の村言葉で、『医療費は二重払いしない』というルールを指している。
上記sourceに出てくる事例を、時系列でまとめてみよう。確かに、医療保険プランの規定を守ろうとすれば、こういう結論になってしまうのだろう。プラン側にも、加入者全体の利益を追求するという受託者責任があることは理解できる。
1999年 Mrs. Deborah ShankがWal-Mart(ミズーリ州Cape Girardieu)での勤務を開始する。
『裁判により賠償を受けた場合には、Wal-Mart医療保険プランが支払った医療費の返還を求める』との条項は、既に医療保険プラン規定に含まれていた。2000年2月 Deborahが医療保険加入資格を取得。 2000年5月 Deborahが運転する車と運送会社(G.E.M. Transportation Inc.)のトラックが衝突。集中治療室での治療を続けるも脳神経麻痺が残る。
治療費は$460,000余りにのぼったが、Wal-Mart医療保険プランは、即刻支払うと同時に、夫(Mr. Shank)に対して、裁判で賠償を争う場合にはWal-Mart医療保険プランに事前に連絡するよう通知する。2002年 Shank夫妻は、運送会社(G.E.M.)に損害賠償を求めて訴え、勝訴した。
Mr. Shankは、20万ドルを受け取り、法廷費用を引いた$119,000が手元に残ったが、ほぼすべてを妻のための平屋の家の購入に充てた。
Mrs. Deborah Shankは、70万ドルを受け取り、法廷費用を引いた$417,477を、将来の介護のための信託基金とした。
この時点で、Shank夫妻の弁護士(Maurice Graham氏)は、Wal-Mart医療保険プランに対して、『Deborahは直接賠償金を受け取っておらず、Wal-Mart医療保険プランに変換する資金はない』旨を通知した。
その後、Ddeborahは入退院を繰り返し、24時間介護が必要な状況となり、介護施設に入所した。2005年8月 Wal-Martが、Shank夫妻に対して、彼らが受け取った賠償金の中から、Wal-Mart医療保険プランが支払った医療費$469,216を返還するよう求めて裁判を起こした。医療保険プラン規定に定めた返還を行っておらず、規定違反であると訴えたうえで、法廷費用、利子まで請求した。
Graham弁護士は、示談を求めたが、Wal-Martプランは係争を続行すると主張。2006年8月 連邦地方裁判所のLewis Blanton判事が、Wal-Martの訴えを認める。
別の裁判で、連邦最高裁が、医療保険プランから加入者への償還請求について、ガイドラインを示す。2007年 介護の担当局から「独身女性の方が公的援助を受けやすい」とのアドバイスもあり、Shank夫妻が離婚。Deborahは、禁治産者を宣告され、離婚されたことも理解していない。 2007年8月 連邦控訴裁判所(8th Circuit Court of Appeals)が地方裁判所の判決を支持。再審請求も10月に却下された。
Shank夫妻は、最高裁に訴える予定だが、受理される可能性は小さい。この判決が確定してしまうと、Deborahは、Medicaidと公的年金に頼るしかなくなる。
通常、賠償金を請求する側の弁護士は、事前に医療保険プランと相談して、医療費の返還をしても手許に残るようにするのが一般的という。そういう意味では、この事件の弁護士は、事前にWal-Mart側と意思疎通を行っておらず、事後の一方的な通告だったのはまずかったと思う。
保険プラン相互の間で二重払いしないという原則はよくわかる。保険数理が狂ってしまうからだ。これは日本でも当てはまるだろう。
しかし、医療保険は、そもそも医療費の支払いのためにあるのであり、本事件で受け取った賠償金は、将来の介護のために信託されている。目的が明らかに異なっている。そこまで手を突っ込んでおいて、全体の厚生のため、と言い切れるのだろうか。
一方で、保険会社のトップは高額の報酬を得、TVスポットや政治活動に多額の資金を投じている。シュワ知事が、保険料の85%を償還すべき、と主張しているのが、痛いほどよくわかる(「Topics2007年1月9日 シュワ知事の提案」参照)。アメリカの医療保険は病んでいる。
Big 3とUAWの労使交渉で一躍有名となった感のあるVEBAs(退職者医療)だが、上記sourceは、その筋の実務専門家がまとめた効用と限界である。参考になるので、簡単にまとめておく。
- 効 用
- 退職者医療のための資金を別建てにして確保しておくことができる。他の目的には流用されない。また、その資金は企業に還流させることはできない。
- 追加拠出の義務さえなくなれば、FAS106に規定する給付債務を計上する必要がなくなる。
- 給付内容や拠出に関して、労働組合ならびに退職者の発言力が高まる。
- 企業は、退職者医療に関する決定責任を免れることができるようになる。
- 予測される給付債務の100%を積み立てることができる。
- 現金、自社株、利益連動型拠出、賃金の後払い方式、その他様々な拠出方法が容認される。
- 限 界
- (資産の)運用リスクを回避することはできない。
- 給付を実質ベースで確保するとの条項がない限り、医療コスト(高騰)に伴うリスクを回避することはできない。
- 上記2つのリスクに伴い、医療保険の給付水準を保証することはできない。
退職者医療とは全然関係ないんだけれど、日本の企業年金は「退職者年金VEBA」なんだ、と説明すると、アメリカ人には理解されやすいのではないだろうか。
なお、GM、Fordの株価は下げ止まったようにも見えるが、まだまだ先行きは不透明である(「Topics2007年11月20日(3) GM/Fordの株価下落」参照)。 ⇒ GM Ford