12月9日 会計基準収斂を巡る米欧の見解

12月1日、ブラッセルにおいて、欧州会計士連盟(FEE)セミナーが開催され、欧米の金融当局責任者が講演を行った。

当初、このセミナーで、欧米の差異調整表廃止に向けての具体的なコンバージェンス計画が発表されるものとみていた(「Topics2005年10月29日(1) 目標は「相互承認」」参照)。ところが、どうもEU25ヵ国の中での意見調整に手間取っているようで、このセミナーには間に合わなかったようだ。当初はSECのCox委員長が出席予定であったのが、それがキャンセルになり、しかも、McCreevy委員が、「第3国基準の同等性」のところで、『EU加盟国と協議している』と述べているところからも、このことが充分推測できる。

まず、欧州委員会のMcCreevy委員の発言要旨について(原文)。

○ EC Strategy on Financial Reporting : progress on convergence and consistency
 (主たるポイントは下線部)
  1. EU域内での統一的な適用
    IFRSのEU域内での統一的な適用が最重要課題である。これは、IFRSの国際基準としての位置付けにとっても、また、欧州と米国、日本との関係においても重要である。

  2. 他国、特に、米国におけるIFRSの利用
    250のEU企業が、IFRSに基づいて米国で上場している。米国基準との間の差異調整表に要する費用は、大企業でUS$10Mにも達すると聞いている。ほかの国々の企業も同様のコストを負担している。今年初めにSECが公表した、差異調整表廃止に向けた"ロードマップ"は大変重要である(「Topics2005年4月22日 努力目標は2009年」参照)。ロードマップによれば、遅くとも2009年までには、米国でIFRSが受け容れられることになる。

  3. 第3国基準の同等性
    現行のEU指令のもとでは、2007年1月1日までに、第3国基準がIFRSと同等かどうかを判断しなければならない。CESRは、技術的助言(「Topics2005年4月29日 会計基準の同等性」参照)を公表しているが、米加日の基準について、IFRSとまったく同等と判断するには、まだまだ年月が必要との考えを示している。個人的な見解ではあるが、同等性の判断を延期し、現状を継続するのが最良ではないだろうか。

  4. コンバージェンスの定義
    様々な議論があることは承知しているが、私の見解としては、一定の期間内に充分なレベルまで到達することが我々の目標であると考えている。完全なコンバージェンスを追求しているわけではなく、それは非現実的であり、果てしなく時間がかかってしまう。従来、米国基準とIFRSのコンバージェンスに集中してきたが、他の重要な国々も、IASBとの協議を重ねて、それぞれの基準をIFRSに近づけようとしている。日本と中国は、その典型例である。

    コンバージェンスはツールであり、それ自身が目的ではない。EUの経済界には、「コンバージェンスを追求するあまり、複雑で誰も試したことのないような新基準ができあがってしまうのではないか」との懸念が増している。私が強調したいのは、コンバージェンスとは、基準設定主体が理論的なフロンティアを開拓することではなく、革新的な新しい基準を受け容れることでもない。利用者と投資家の関心にあった、ビジネスの現実に根ざした実務的な作業であるべきである。主目的は、実在する基準間の相違を縮小するよう努力することであり、まったく新しい会計基準によって、今以上に複雑にすることではないのである。
以上の欧州側の発言を受けて、SECの国際部長であるTafara氏が行った発言の要旨は次の通り(原文)。こちらは、アメリカの証券当局がどのように考えているのか、極めて明快に読み取れるので、大変参考になる。

○ International Financial Reporting Standards and the US Capital Market
  1. 米国基準の歴史
    SECは、1929年の株式市場の暴落とその後の大恐慌の反省から、1934年に創設された。当初から、開示制度の制定だけでなく、会計基準の設定も、SECの所管となっていた。それ以来、米国の会計基準は独自の道を歩んできている。数十年間にわたり、小口投資家も重要な役割を演じてきた経済環境で、考案、開発、醸成してきたことに、米国基準の強みがある。今でこそ、基準設定主体はFASBになっているものの、最終的な権限はSECにある。SECが基準設定プロセスを監視してきたからこそ、利用者の役に立つ優れた会計基準ができあがっている。

  2. 現状
    アメリカ会計基準は、70年間適用され続け、安定した市場ルールとして、全世界で認識されている。IFRSも優れた会計基準であることは間違いないが、運用、解釈において、まだまだ歴史がない。これは、IASBの仕事ではなく、IFRSを採用している国々、企業、そして会計専門家の仕事である。

  3. 会計コンバージェンス
    はっきりと言えることは、完全なコンバージェンスを達成することが差異調整表を廃止する条件となるわけではないということである。重要なことは、アメリカ国内の投資家が、IFRSに基づく財務諸表を十分に理解できるようにすることである。それは、両基準の間に相違が残っていても、可能なことである。むしろ、SECとしては、両者の違いが拡大しないように、両会計基準設定主体のコンバージェンス作業のプロセスを注視している。つまり、SECとしては、両設定主体のコンバージェンス・プロジェクトの進展状況を充分見定め、基準のコンバージェンスが優先課題や効率性の観点を反映できているかどうかを見極めてから、差異調整表を廃止したいと考えている。

  4. 今後の手順
    SECでは、2005年に、約300の外国企業が母国でIFRS準拠の財務報告を提出するとみている。同時に、欧州各国当局は、初めてEU企業のIFRSに基づく財務報告を見ることになる。SECスタッフは、EU企業で米国に上場し、米国基準に調整した財務報告を精査する予定である。

    次に、それらの結果を踏まえ、差異調整表を廃止した場合の影響について調べることになる。ここで、IFRSの適用、解釈に統一性が見られなければ、問題箇所について、諸外国の関係当局と意見交換を行うことになる。

    世界中のどの国でもどの産業でもIFRSが統一的に適用され、解釈されているとの信頼が得られれば、そして、現在の大きな差異が統一され、さらなるコンバージェンスに向けたIASB/FASBプロジェクトが積極的に推進されるのであれば、SECスタッフとしては、IFRS採用企業について米国基準への差異調整を廃止すべきとの提言をSECに対して行えるようになるだろう。

    当面、IFRSと米国基準が完全に一致することはない。もし、両基準の並存を認めるというということになれば、それはSECにとって極めて大きな政策変更となる。SECとしては、異なる基準に基づく財務諸表が市場に並存する理由について、投資家その他に説明しなければならなくなる。

    IFRSが真の国際的な会計基準として一体的に適用、解釈されていることを証明できれば、外国企業にIFRSの利用を認めることにより投資家が得られる潜在的な便益が、米国市場に2つの会計基準が並存することによるリスクを上回るという説明ができる。2つの会計基準が並存することのリスクとは、IFRSによる情報が劣っているということではなく、IFRSに基づく財務報告同士が比較できないことにある。

  5. 5つの前提
    上記のような手順を進めるにあたって、5つの重要な前提条件がある。

    1. IFRSの開発にあたって、「会計基準は投資家のためにあるのであって、作成者その他の関係者のためにあるのではない」という基本姿勢が徹底していること。
    2. IASBの審議過程が透明で、あらゆる関係者の意見をよく聞き、説明責任を果たすこと。
    3. IASBが政治的に独立性を保つこと。
    4. IFRSと米国基準のコンバージェンスが一定の速度で進むこと。両者の間での差異が広がり始めれば、再び差異調整表を求めざるを得なくなる。
    5. IFRSの開発を巡って、世界中の証券当局が充分に意思疎通を図っておくこと。

  6. 重要となる次の一歩
    これまで欧州各国で使われていた会計基準とIFRSの間には、かなりの違いがある。おそらく変更に対する抵抗も大きいだろう。しかし、すべての企業においてIFRSが統一的に適用・解釈されない限り、IFRSは、一つの体系的な会計基準とは言えなくなる。もしそうなれば、差異調整表の廃止といった議論は崩壊することになる。
McCreevy委員のメッセージは、とにかく差異調整表をなくしてよ、という要望と、IASBは飛び跳ねた基準を作るな、という戒めである。彼の立場で年金会計についてコメントするとすれば、先ごろのFASBの見直しに向けた検討開始(「Topics2005年11月11日 年金会計の見直し」参照)については、現実を踏まえて慎重にすべき、ということになるだろう。

他方、Tafara SEC部長のメッセージは、@会計基準は投資家のためにある、AIFRSの統一的適用・解釈が差異調整表廃止の絶対条件、ということである。年金会計についていえば、買収価格重視のインベストメント・バンクのような立場に立てば、早急に見直すべきとの主張につながるだろう。また、差異調整表の廃止については、慎重な意見を表明したCynthia A. Glassman委員よりも、さらに厳しい諸条件を冷徹に打ち出している。

差異調整表の廃止の可能性に沸き立つ欧州企業に対して、冷水を浴びせるようなスピーチであったと思う。

12月8日 下院は採決せず Source : Pension bill seen unlikely in House this year (Business Insurance)

5日の大統領決意表明(「Topics2005年12月7日 年金改革 Bush大統領の決意」参照)を受けてかどうかは不明だが、下院のacting majority leaderであるRoy Blunt (R-Mo)議員が、次のように発言した。

「民主党からの賛成者が出てくれば、採決にかける。そうでなければ、今年中に採決にかけることはないだろう。」

民主党リーダー達は、UAWなど労組が法案に反発していることを受けて、党議拘束をかけて反対する見通しであるため、Blunt議員が条件として付したような展開にはならないものとみられる。議会は、今月後半になればクリスマス休暇に入り、そのまま来年の中間選挙に突入ということである。

結局は、皆、労組が抵抗していることを理由に、または野党である民主党からの賛成者が出てこないことを理由に、下院は採決を先送り、とういことになりそうだ。これで、上院も大統領府も、改革のポーズはとりつつ、厳しい規制強化は実現しない、ということになる。壮大なる政治ショーであった。

12月7日 年金改革 Bush大統領の決意 Source : President Discuses Economy and Tax Relief in North Carolina (White House)

12月5日、Bush大統領は、議会で審議中の年金改革法案について、後退することを許さないとの決意を表明した。上記sourceは、経済全般にわたる広範なメッセージなので、年金法案に該当する部分を引用する(下線は管理人による)。

Now for the good of the workers, we need to strengthen the rules governing private pensions, as well. You know, most Americans work for private companies that offer traditional pensions. And most companies, like this one, are fulfilling their obligations to their employees and their retirees. But too many companies are not putting away the cash they need to fund the retirement promises they're making to their employees. In other words, they're saying, we'll make sure you got a retirement system, but they're not funding it. Therefore, when -- if the company were to get into financial trouble and go bankrupt, their failure to live up to their promises, their failure to fund their pensions will leave retirees with pension checks that have been slashed.

Now, the federal government insures these pensions, and that means that if more and more companies fail to meet their responsibilities, the federal government might have to step in and bail them out. In that case, it would not only be the retirees who are harmed by the companies not fulfilling their obligations, but it can mean the taxpayers, as well. Every American has an interest in seeing to it that this system gets fixed. So whether you're a worker at a company with an under-funded pension, or a taxpayer, it's what I want you to understand.

In our society, we've had some companies -- big companies go bankrupt, and workers at those companies know what I'm talking about. And so my message to corporate America is: You need to fulfill your promises. When you say to a worker, this is what they're going to get when they retire, you better put enough money in the account to make sure the worker gets that which you said. (Applause.)

The government's current pension rules are confusing and misleading -- they allow companies to technically play by the rules and yet still not fund the promises they've made to their employees. And so Congress needs to straighten up these rules so that there's no confusion, so that everybody understands what I just said. I said, if you make a promise to a worker, you put enough money in the account to fulfill that promise.

So we proposed reforms to the pension rules that say this, that say that companies must accurately measure and report the financial status of their pension plans to make sure they're fulfilling the promises they make. This reform plan would give companies that under-fund their pensions seven years to catch up. That seems reasonable to me. We're going to give you a little time to do what you said you're going to do, but you're going to do what you said you're going to do.

But some in Congress have said this reform is too tough, or some may be on the outskirts of Congress who have said the reform is too tough. And not only that, they want to weaken the current law even further. I believe that if you put in your hours, your pension should be there for you when you retire. Our workers need reform that significantly improves funding for these private pension plans, not a piece of legislation that weakens it. And I'm not going to sign a bill that weakens pension funding for the American workers. (Applause.)

企業年金改革の基本は、「企業は約束したことを守れ」ということに過ぎない。それで改革提案をしているのだが、連邦議員の中には、「改革案が厳しすぎる」と主張するだけでなく、現行制度からさらに骨抜きにしようとしている者がいる。そのような内容の法案には、決して署名しない。

これがBush大統領の決意表明である。確かに、連邦議会では、年金改革法案を可決しつつあるものの、議員の大半が、これでは現実に回らないと考えているようである(「Topics2005年11月29日 上院議員の懸念」参照)。

今度は、大統領側が、単純な論理構成で、建前を前面に打ち出した格好である。このままでいくと、泥をかぶるのは議会側ということになってしまう。さて、議会側はどういう対応をしていくのか。

12月2日(2) 31 Ice Cream Source : BLIND FAITH AND CHOICE (Rhiannon Tudor Edwards)

外国人としてアメリカで生活していて、何が嫌かといって、病院に行くことほど嫌なことはない。病院に行くことが嫌な理由は、いくらでも挙げられる。思いつくままに並べてみると、 にもかかわらず、次女は、アメリカ到着4日目で、鎖骨を骨折してしまい・・・。

私の場合は、日本で医療保険プランを購入していった。現地で個人医療保険プランに加入するとなると、さらに面倒になるのではないだろうか。それは、プランの内容が多種多様であること、加入から保険給付開始まで、一定期間を置く必要があること、などから、外国人にとってはあまり現実的な選択肢ではないだろう。

このように、日本人は、医療における"選択肢"というものに、あまり慣れていない。それは、イギリス人でも同様のようで、上記sourceは、イギリス人の医療研究者が、アメリカの医療保険プランを形容して、"31 ice cream"と表現したエッセイのエッセンスである。

エッセイでは、「アメリカ社会は医療の選択肢を求めているように見えるが、選択肢が社会全体の効用を高めるのは、完全市場の場合だけである。アメリカを去るにあたって、皆保険を維持するためには選択肢を抑制しても構わない、という結論に達した」と述べているのである。

このような感覚は、日本人にとっても親和性がある。しかし、アメリカで、医療に選択肢が増えている背景には、様々な要因があることを忘れてはならない。

第1に、訴訟社会である。医者は、治療方法や処方薬を間違ったと訴えられることが頻繁にある。そのための医療過誤保険まで発達している国である。充分な情報を提供したうえで患者本人が選択した、ということになれば、医者の責任は回避できる。

第2に、所得格差の大きな国である。医療保険プランのメニューが多様になるのは、当たり前のことと思われる。

第3に、ライフスタイルが多様である。企業提供の医療保険プランの場合、従業員個人個人にとって、医療保険プランの重要性が異なる。子供や専業主婦がいれば、医療保険は手厚くしたいし、独身なら必要性すら感じない人もいるだろう。

逆にみれば、こうした社会背景があるからこそ、公的皆保険が成立しないのかもしれない。

12月2日(1) 法廷からのCB支援 Source : Court: Cash Balance Plans Aren't Age Discriminatory (Plansponsor.com)

約18ヶ月前、典型的な確定給付型(DBプラン)からCash Balance(CBプラン)へ、という流れは止まってしまっていることを紹介した(「Topics2004年6月7日 見放されるCash Balance」参照)。その流れを決定的にしてしまったのが、IBM事件に関する控訴審判決であった。

ところが、上記sourceによれば、連邦地方裁判所のDavis判事(US District Judge Legrome Davis of the US District Court for the Eastern District of Pennsylvania)は、「財務省がCBプランは年齢差別禁止法には触れないと判断している」ことを論拠に、同様の訴訟を斥けた。

こうした司法判断が一般的になれば、CBプランへの流れも再び起きるかもしれない。

ところで、この司法判断の舞台になった、連邦地方裁判所(Eastern District of Pennsylvania)は、今年、退職者医療プランに関する年齢差別訴訟について、原告(AARP)を支持したり、連邦政府を支持したり、控訴裁判所に判断を丸投げしたり、と混乱ぶりを見せている(「Topics2005年9月30日(2) 退職者医療に光明か?」参照)。それだけ判断が難しいのだろうが、ここまで来ると、「無節操」という形容詞が思い浮かんできてしまう。司法判断が大きな影響力を持つ社会だけに、もうちょっとしっかりしろよ、と言いたくなる。