Topics 2003年5月11日〜20日     前へ     次へ


5月12日(1) ブルーカラーの生命表
5月12日(2) 逆年齢差別
5月13日 医療保険を巡る現状と政策提言
5月14日 スキルアップに地方国立大学を活用せよ
5月15日(1) 無保険者の実態と政策提言
5月15日(2) 医療費の国際比較
5月19日 人事部門のoutsourcing
5月20日 日本の医療保険の夜明け


5月12日(1) ブルーカラーの生命表
  Source : House Considers Measure to Cut Billions in Pension Obligations (New York Times)
現在、アメリカでは景気の不透明感に加え、金利が下がっていることから、何とかして企業年金の債務負担を軽減しようという動きが出ている。下院に提出されているこの法案では、最新の生命表を利用して、ブルーワーカーとホワイトカラーの生命表を異なるものとしてよいとしている。最近の分析によれば、ブルーワーカーとホワイトカラーの生命表には、有意の差異が認められている。この違いを企業年金に適用すれば、ブルーワーカーの寿命は短いものと規定され、その分給付現価は小さくなる。

これはこれでよいのだが、上記Sourceによれば、ブルーワーカーの生命表を短くすることだけが適用され、ホワイトカラーの方が長生きすることは給付現価計算に反映させないとしているのだ。1994年の改正により、生命表は一本にすることが規定されていたのだが、それを崩し、都合のよいところだけつまみ食いしようとしているらしい。

ところで、企業年金の工場労働者だけに異なる生命表を充てようというのが、いかにもアメリカ社会らしくて面白い。日本であれば、大卒幹部候補生でも、現場を知らなければならないとして、工場を長く経験する場合が多い。工場労働者とホワイトカラー、技術者をどこで線引きするかが難しくなる。逆にいえば、アメリカでは、工場労働者とそれ以外の間にある壁は非常に高いということだろう。こんな所に、日米の労働観の違いが見られるのである。

5月12日(2) 逆年齢差別
  Source : Supreme Court to Decide Age Discrimination Case (Reuters)
アメリカには年齢差別禁止法(ADEA)という法律がある。40歳以上の被用者について、年齢を理由にした雇用に関する差別を行ってはならないという法律だ。もともとの立法趣旨は、高年齢者が採用等において、高齢を理由に不利な扱いを受けないように、と定めたものだが、今係争中の本件は、逆年齢差別がADEA違反となるかどうかが争われている。

General Dynamics社では、1997年6月までは、30年間勤務した退職者に、フルで医療保険を提供していた。ところが、労働協約を変更して、1997年7月以降は、その時点で50歳以上の者に限って医療保険を提供することとした。このため、当時40〜49歳の従業員は、退職後にフルの医療保険の提供を受けられなくなったわけだ。これを当時50歳以上の者のみが優遇されたとして、40〜49歳の従業員が、ADEA違反で訴えたという。

控訴裁判所の判決によれば、一審ではADEAは逆差別をカバーしていないとして、この訴えを斥けたが、控訴裁判所の二審は、法律の文言には40歳以上の従業員について年齢を理由に差別してはならない、としており、差別も逆差別もカバーされているとの解釈を示した。

これを不服として、企業側が最高裁に訴えていたのだが、先月、最高裁は、意見陳述を聞くとの決定を行い、10月以降、ヒアリングを開始することとなった。全米商工会議所などの企業団体は、この最高裁決定を歓迎している。もし二審の通りに結審してしまえば、企業年金や医療保険で、ある年齢からベネフィットを引き下げることが難しくなるからだ。

ADEAについては、有名なエリー郡事件というのがある。これも、医療保険の提供をめぐって、年齢差別かどうかが争われた事件だ(拙著「年齢差別禁止法と退職者医療保険 (2002/7/18)」参照)。ADEAと医療保険の絡んだ訴訟は、これからも続きそうだ。

5月13日 医療保険を巡る現状と政策提言
  Source : EBRI Research Highlights : Health Benefits (5月末公表予定)

上記Sourceでは、アメリカの医療保険に関する総まとめを行っている。医療保険にご関心の向きは、是非購入して通読されることをお勧めする。概要をかいつまんで紹介すると次のようになる。


一方、民主党の大統領候補者選びにおける、医療保険改革は、だんだん熱を帯びてきたようだ。報道によれば、次の3人の候補者が、提案をまとめるようだ。

Rep. Dennis Kucinich (D-Ohio)

former Vermont Gov. Howard Dean (D)

Sen. John Kerry (D-Mass.)  (5月15日公表予定)


まさに百家争鳴の状況となってきた。 新たに公表になった時点で、またまとめておきたいと思う。でも、そのうち、どこかのシンクタンクが、比較表をまとめてくれると思うんだけどな。

5月14日 スキルアップに地方国立大学を活用せよ

日本経団連と日本商工会議所が、「若年者を中心とする雇用促進・人材育成に関する共同提言」を公表した。若者の失業率が高まっている、フリーターの増加はキャリア形成に悪影響をもたらす、という問題意識から、まとめたものということだ。

いろいろと書いているが、大学の役割について、まったくといってよいほど言及がない。わずかに、インターン制度に普及している程度である。肝心な職業訓練に関する役割については、「商工会議所の検定の活用、民間事業者(人材ビジネス会社、専門・専修学校等)の活用」としており、地元企業に人材を提供する地方大学の役割については、まったく触れていない。

私は、予てより、若者の職業訓練には地方の国公立大学を利用して、企業のニーズに機動的に応えられる人材育成をすべきだとの考えを持っている(Topics 「2002年11月19日 アメリカ企業の教育ベネフィット」参照)。

この提言で、大学の役割について言及していないのは、大学に対する期待は持てない、というメッセージなのだろうか。もしそうなのであれば、人材育成に必要のない地方国公立大学の廃止を併せて提言してもらいたいものだ。

この他にも、両団体が既にやってきたことをもっと活用すべきだという論調が目立つが、それではあまり効果がないので、若者のスキルアップが実現していないのだろう。「提言」というよりも「自己満足」のための書類にしか見えないのは、私だけだろうか?

5月15日(1) 無保険者の実態と政策提言
  Source : How Many People Lack Health Insurance and For How Long? (CBO)

無保険者の推計にはいくつかある。よく言われる『4100万人の無保険者』というのは、Survey of Income and Program Participationという調査によるものであり、1年間のある時点において無保険であった者の数を推計したものである。

UNINSURED NUMBER



これを1年間まるまる無保険者であったものとして推計してみると約2100万〜3100万人となり、1年間のうちいずれかの期間無保険者であったものとして推計すると約5600万〜5900万人となる。つまり、4100万人という数字は、無保険者の一側面を表しているに過ぎないのである。

また、無保険でいる期間についても、いろいろな見方ができる。ある期間に無保険が始まった場合は、次の図の左のような分布になるし、ある時点で何ヶ月間無保険でいるかという見方をすれば、右のようになる。

DURATION



また、個人の属性別に無保険者を見ると、若者、ヒスパニック、低所得者層、パートタイム従業員の無保険者の割合が高いことがわかる。

CHARACTERS



では、なぜ無保険となるのか、その理由は主に2点である。第1は、保険加入コスト(保険料負担、窓口負担、免責額等)が高いことであり、第2に、事業主による保険提供がないことである。これら2つの理由は群を抜いている。

REASONS


こうしてみると、民主党の大統領候補者選びでユニバーサル保険が主要な論点に上がっているが、その政策ターゲットは、上記のような属性を持った国民層ということになる。もしそれが正しいとすれば、Gephardt上院議員の提案は、必ずしも的確なアプローチとは言えなくなる。彼のアプローチは、事業主を通じて医療保険加入率を高めようとするものである。医療保険料の60%を税額控除することで、事業主の医療保険提供を強制しようということだが、残り40%は従業員負担となる可能性が高い。この40%分を、従業員が安いと感じるか、高いと感じるか。おそらく後者であろう。また、上記のような属性を持つ人達は、そもそも雇用関係に入ることが難しくて無保険者になっている可能性が高い。そうであれば、事業主を通じた保険提供は無理、ということになる。

Gephardt上院議員の提案は、理屈が通っており、財源的にも見通しが立ちやすいように見えるが、実際の無保険者に保険が提供されるパスが見えてこないことになる。果たして、このような課題を同議員はどのように整理するのだろうか。

5月15日(2) 医療費の国際比較
  Source : It's The Prices, Stupid: Why The United States Is So Different From Other Countries (Health Affairs)
OECDによる国際比較によれば、アメリカの一人当たり医療支出は、スバ抜けて高い。それは、一人当たり医療支出、対GDP比、いずれの指標からもそれが言える。加えて、アメリカの場合、民間医療支出の割合が極めて高い。これは、現役世代に公的医療保険がないことの裏返しであろう。

SPENDING



また、薬の使用量も頭抜けている。

MEDICINE



ところが、看護士や医師の数は、日本に較べれば多いものの、他の諸国に較べて特別多いというわけではない。

WORKFORCE



ベッド数の抑制、入院件数、入院日数は、10年前に較べて減少しており、コストの削減努力もかなり行われているといえる。

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このような努力をしても、医療支出が極めて高いのは、やはり単価、つまり医師の報酬、処方薬の利益率が高いということなのだろう。また、Bush政権に言わせれば、医療過誤保険のコストがそれを押し上げているということだろう。

ところで、日本については、scannerの数が諸外国に較べて極めて多いことが指摘されている。

TECH



高価な医療機器を、小さな診療所で個別に持とうとするからこういうことになる。本当に医療と米作はよく似ている。狭い田圃しか持っていない農家が、様々な補助金を頼りに高価な農機具を購入する。結果として、米の単価が高くなり売れなくなる。その悪循環で日本の米作は滅びていってしまった。医療もまたそうなるのだろう。日本医師会の責任は、農協と同様、重いと自覚すべきだ。

5月19日 人事部門のoutsourcing
  Source : HR and Benefits: The Next Outsourcing Wave (Fidelity Workplace Services)
アメリカ企業において、outsourcingが進んでいることは周知のことと思うが、このレポートによれば、いよいよ、人事部門、従業員福利制度についてもoutsourcingが進みそうだ。

日本でも、人事部門の一部、例えば給与計算や福利厚生について、一部outsourcingが始まっているが、依然として本社にも人事部門を統括する部門が残って、にらみを利かしている、という構図が多いようだ。逆に、企業年金や健康保険などは、これまでoutsourcing(丸投げ)してきたために、コスト管理や制度設計に対する意識が薄れてしまったことを反省して、人事部門にそれらに対するコントロール機能を復活させている企業もある。

* 厚生年金基金や健康保険組合は、本社とは独立した組織である。


本題に戻って、上記レポートの概要は次の通りである。

代表的な大企業190社では、Human Resources(HR)部門や従業員福利制度のoutsourcingがかなり進んでいる。特に、DCプランについては、過半数の企業が完全にoutsourcingしてしまっている。

OUTSOURCING



そして、outsourcingのメリットとして挙げられているのが、当初はコスト削減であったが、実際にやってみると、管理・遵法責任の低減に魅力を感じているようだ。

MOTIVATION



そして、従業員も、人事・福利厚生に関する情報にアクセスしやすくなる、サービス提供への満足度が高まるなど、評価されている。

BENEFITS



そして、最も驚くべき結果が、outsourcingにより、HR関係、福利厚生制度に対する経営のコントロールが高まったという回答が圧倒的に多いことである。Outsourcingにより、報告書の作成やデータへのアクセスが容易になったり、制度を変更することが容易になったりしたという評価なのである。

CONTROL



Outsourcing先は社内の人間関係やいざこざとは関係なしに、プロの目と技量でニーズに合わせて制度変更を提案できるので、こういう結果になるのだろう。ここの部分を読んだ際、初めはちょっと不思議な感じがしたが、上のように考えれば、当然とも思える。

結論として、本社とoutsourcing先との間で相互理解が充分にあれば、outsourcingは長期的にみて成功すると考えられている。

このように、アメリカ企業では、ますます選択と集中が進み、企業文化の発信部署ともいえるHR部門の業務内容さえ、outsourcingが進もうとしているのだ。


5月20日 日本の医療保険の夜明け
  Source : 健康保険法第76条第3項の認可基準等について (厚生労働省保険局長 2003年5月20日)

大げさなタイトルだが、それくらい画期的な政策転換が密かに行われた。

日本の医療保険においては、診療報酬、薬価など保険対象となるものは、すべて公定価格となっている(健康保険法第76条第2項)。ただし、保険者と医療機関の間で別途契約を定め、公定価格以内の契約価格を定めることができるとなっている(同第3項)。

ところが、1957年5月の保険局長通知により、割引契約は、市町村と保健所、国立療養所に限るとされていた。つまり、一般的に保険者と医療機関が割引契約を結ぶことは認められていなかったのである(例外として、企業内病院と当該企業の健保組合の間では、割引契約は認められていた)。

それが、上記sourceに掲載した保険局長通知により、1957年5月の通知は廃止され、別途、保険者と医療機関の間の個別契約、割引契約が、条件付で認められたのである。その条件はいくつかあるのだが、ちょっと嫌な項目は、当該健保組合の加入者や地域住民が当該医療機関に対するフリーアクセスが確保されているかどうかを、地域の委員会で審議することになっている。これは、大型店舗の出店規制と同様、「地元の理解が得られなければ、個別契約ができない」という、事実上の規制になりかねない。

今後は、この通知を元に、健保組合と医療機関が個別契約により、すぐれた医療サービスを安価に提供できるようなモデルを構築していくことになる。これが成功すれば、保険者にとって必要なさらなる規制緩和につながっていくことになる。アメリカでは、保険会社と医療機関の間で当然行われている契約が、日本でもようやく実現するかもしれないのだ。

是非とも当事者にはがんばってもらいたいものだが、上記のような条件が事実上の規制にならないよう、注目していく必要があると思う。朝焼けは見えたが太陽が昇らなかった、なんてことにならないように。

なお、本件をめぐる議論の経緯は、拙稿「わが国の医療保障と保険者の課題」をご参照いただきたい。

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