Topics 2003年5月1日〜10日
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5月1日 国民の医療への関心
5月4日(1) Gephardt提案への反響
5月4日(2) 企業年金が抱える課題
5月6日 民主党候補者達のDebate
5月7日 藪医者 vs. 救急車追っかけ弁護士
5月10日 (番外編) Internetの威力
5月1日 国民の医療への関心
アメリカ国民の医療に関する世論調査の結果が、Kaiser Family Foundationから公表された(本文)。
まず、医療についての負担(保険料負担、窓口負担、免責額等)が増大するのではないかとの懸念が最も強い。
これをその他の分野の関心事項と較べてみても、懸念が大きいことがわかった。
アメリカ国民にとって、医療に関するコストが高まることが、大きな関心事項になっていることが明らかになった。実際、2003年3月の雇用コスト(BLS公表)は、前年比3.9%上昇したが、その内訳は、給与等が2.9%増、福利厚生が6.1%増となっている。医療コストの増加が福利厚生を押し上げていることは間違いないだろう。
上の図で見て、benefitsが急増している時期が2回ある。最初の80年代後半には、HMOが大流行となった。また、2000年代に入ってからは、DC型医療保険が人気を集めつつある。医療費の高騰は、医療費抑制の考え方、手法の開発を誘発している。
一方、たな晒しとなりそうな雰囲気の「医療過誤賠償法案」(Topics 「2003年4月23日(2) 医療過誤賠償法案の行方」参照)だが、国民の間では関心が高いこともわかった(本文)。医療過誤に関する保険料について、約4分の3が大事な問題と見ている。
しかし、医療過誤訴訟よりも国民が問題視しているのが、製薬メーカーの高利益である。
国民は、医療過誤訴訟は効果があると指摘しているものの、訴訟数が多すぎるとも感じている。
そして、肝心の賠償額に上限を設けることについては、6〜7割が賛成している。
しかし、残念ながら、訴訟数が多いことと賠償額の関連についての質問はなく、訴訟が多すぎるのを賠償額に上限を設けることで抑制すれば良いとの結論に結び付けられかねない設問となっている。この理屈は短絡過ぎることはすでに指摘されていることであり、下院共和党が犯した勇み足と同じである。今回の世論調査結果は、その意味では少し物足りないものになってしまった。
5月4日(1) Gephardt提案への反響 Source : Rounds Up Reaction to Gephardt Universal Coverage Plan (Kaiser Daily Health Policy Report)
先月23日に公表された、民主党Gephardt議員の医療保険改革提案(Topics 「2003年4月29日 Gephardtの医療皆保険提案」参照)に対する反響は、良くも悪くも無視し得ない大きさがあったようだ。上記Sourceは、メディアに掲載されたGephardt提案に対する論評をまとめたものだ。
良くも悪くも、というのは、実現可能性、財政的成算等の面でGephardt提案への批判があることを述べているのだが、Clintonの失敗以来、誰もが敢えて触れようとしなかった医療制度全体に関する議論を、民主党の大統領選候補指名争いを行う議員も、Bush政権も、せざるを得なくなったという意味で、影響は大きかったと言える。
背景には、3年連続2桁増の医療費の高騰、景気の不透明感が広がる中での失職の危機、企業の医療保険提供停止、従業員負担増などがアメリカ国民の切実な危機感に繋がっていることが挙げられる(Topics 「2003年5月1日 国民の医療への関心」参照)。
事実、報道によれば、Howard Dean(former Vermont Governor, D)は、先月30日、財源には言及していないものの、皆保険に近づける案として、次のような提案を行った。
- 25歳未満の全てのアメリカ国内居住者をMedicaidの対象とする。
- 65歳以上の居住者に、処方薬に関する給付を行う。
- 小規模企業が25歳以上65歳未満の従業員に医療保険を提供する場合、政府援助を行う。
- 高齢者への医療提供に関して、連邦政府が責任を負う。
- 病院、医師に対する診療報酬を改善する。
まだまだ骨子という段階だが、時間を経るにつれ、より具体的な提案がなされるようになると思われる。医師資格を有する候補としては、負けてはいられないという所だろう。
また、New York Timesによれば、Senator John Kerry(Massachusetts, D)も、数週間のうちには、提案を行うらしい。
こうした動きが確実になってくればくるほど、Gephardtのキャンペーン第1弾は成功、ということになる。誰よりも早く火中の栗を拾う提案を行ったからだ。
参考までに、現在議会で議論されている医療関係法案は、ここに一覧表になっている。
5月4日(2) 企業年金が抱える課題
最近公表された2つのレポート(Urban Institute-Brookings、Joint Committee of Taxation)が、DBの抱える課題をまとめている。
まず、Urban-Brookingsの主張は次の通りである。
- 企業年金は、適切で確実な退職後所得を提供するものでなければならない。その目標を達成するためには、次の5点について、改善を図る必要がある。
- 家計の退職後のための貯蓄を増やすものでなければならない。しかし、現在の制度では、低所得者層へのインセンティブが不足している。
- 年金制度が国全体の貯蓄を増加させるものでなければならない。単なる課税繰り延べ資産へのシフトでは意味がない。
- 効率的にリスクを抑制できるものでなければならない。
- 退職後人口を支えるために現役世代の負担を増やせば、退職が遅れるだけである。
- 経営者が導入しやすく、従業員が参加しやすくするために、年金制度は判りやすい制度でなければならない。しかし、制度の目的(人事政策)を考えると、この課題は簡単には達成できない。
他方、Joint Committee of Taxationのstaffがまとめた、確定給付型企業年金(DB)に関する政策課題は、次のようにまとめられている。
- 一般論として、DBに関する立案をしようとする時には、退職後所得の確実性、簡易性、管理コスト、財政・税制などの競合する政策目的間のバランスを図ることが重要である。例えば、退職後所得の確実性を高めようとすれば、従業員により大きな権利を与えることになる。しかし、それが行き過ぎれば、経営者は制度設計を変更したり、給付を減額するなどして、結果として退職後の確実性を減退させてしまう可能性がある。
- 退職後所得の確実性
給付額の事前決定、経営者による投資リスク、支払保証制度による一定額の保証、配偶者への給付などの面から見れば、DBが減少し、DCが増えていることは、退職後所得の確実性を減退させているとも言える。しかし、DBの減少、DCの増加に関しては、様々な要因が背景にあることを理解しておかなければならない。
- 積立金、支払保証制度に関する課題
現行法では最低積立金が規定されている。これは、給付の支払を確実なものにするためには必要である。しかし、規定されている額以上に積み立てることは税制面で不利になっているため、逆に給付を不確実にしてしまう可能性がある。最低積立金のルールが緩ければ、PBGCへの保険料が増してしまい、逆にきつすぎれば、本来の企業活動に回すべき資金が年金積立金に振り向けざるを得なくなる。
- 利子率に関する課題
給付債務の計算に用いられる利子率が低すぎれば、給付債務が重くなり、過大な積立をしなければならなくなる。他方、利子率が高すぎれば、給付債務を過少に評価することになり、将来の給付の確実性を減少させてしまう可能性がある。
後者のレポートが最初に指摘している点は、企業が任意で提供しているbenefitsについて政策立案者が常に念頭に置くべき課題であり、全く同感である。
なお、このレポートは、DBに関する現行法の概要、積立金に関する法的要請、支払保証制度の概要、企業年金全般に関するデータなどもまとめられており、大変参考になる資料であることを申し添えておきたい。
参考までに、現在議会に上程されている年金関係の法案は、ここに一覧表になっている。
それから、PBGCに企業年金を引き継いだBethlehem Steelの設備等は、新たな企業に買収された(Washington Post記事)。これで、100年以上続いた同社は消滅した。アメリカの一つの時代が終わったということらしい。
5月6日 民主党候補者達のDebate
5月3日夜、次の大統領選の民主党候補者候補による公開debateが行われた。参加したのは、この9人。
テーマはイラク戦争から医療制度まで、さらには個人的な資質まで話題になったそうだ。当websiteで紹介してきたように、Gephardt議員による医療保険制度改革もテーマとなったわけだが、かなり痛烈な批判を浴びたようだ。中でも厳しかったのは、Edwardsの「企業、特に大企業への支援になる」という批判と、Liebermanの「議会を通らない。財政的にも公的年金やMedicareの財源を奪うことになる」という批判であった。Gephardt議員は防戦一方だったようだが、彼の顧問は、「重要な論点として位置付けられたので、他の候補者達も独自の案を出さざるを得なくなった」として、むしろ歓迎している(Washington Post)。本当にそうなるかどうか、今後とも注目していきたいところだ。
Post-ABCの最新世論調査では、民主党候補者としての人気度は次のようになっている。
1 | Lieberman | 29% |
2 | Gephardt | 19% |
3 | Kerry | 14% |
4 | Braun | 6% |
5 | Edwards | 4% |
6 | Graham, Sharpton, Dean | 3% |
9 | Kucinich | 2% |
| 候補者なし | 14% |
ちなみに、同じ世論調査によれば、Bush大統領への支持は6割に達しているのに対し、上位3人の民主党候補者は、3分の1以下しかないそうだ。
ところで、民主党候補者選びは、異例の早さで開始されたのだが、気になるのは候補者達の資金が最後の大統領選まで続くのかどうかだ。民主党候補者達は、民主党の中で選出されるためにキャンペーンを行い、それに勝ってからBush大統領との選挙戦を続けなければならないのだ。
9人も候補者がいると誰が選ばれるのか迷うところだが、とてもシンプルな予測方法(「溜池通信」Diary5月5日)があるそうだ。なるほど、こうした背景がなければ、大統領選本番も戦えないというわけだ。
5月7日 藪医者 vs. 救急車追っかけ弁護士
Source : Edwards' Bid for President Makes Trial Lawyers an Issue (The Charlotte Observer)
これまで民主党大統領候補者選びの中で、医療問題は無保険者対策がポイントになるとばかり思っていたが、もう一つ別の側面があった。ちゃんと候補者のプロファイルを読んでいればわかったのだろうが、上記Sourceを読んで初めて判った。
若くて資金量ナンバーワンの候補者Edwards上院議員は、医療過誤、製造物責任専門の弁護士出身である。Edwardsの潤沢な資金量は、これら医療過誤・製造物責任専門弁護士達の寄付により支えられているとのことである。上記Sourceによれば、これら専門弁護士達だけで、今年第1四半期に180万ドルを寄付したそうだ。
当websiteでも紹介してきたように、アメリカ議会では、医療過誤法案が審議されている。同法案は、医療過誤に関する賠償額について上限を設けようというものだ(Topics 「2003年3月12日(2) 医療過誤賠償法案」参照)。この法案の賠償額上限を見ると、かつて上下両院で可決された患者の権利法案に較べれば、相当抑制されていることがわかる。
これら専門弁護士達は賠償額の40%近くを手に入れると言われており、このように賠償額上限を低く抑えられれば、当然の事ながらその収入が大幅に減少することになる。弁護士達の収入が大きく制限されれば、医療過誤等の犠牲者の当然の権利を執行するための弁護士がいなくなるとして、医療過誤法案に強く反対している。そして、上院においてこの医療過誤法案に強く反対しているのが、Edwards議員である。当然のことながら、彼は患者の権利法案の推進派でもあった。専門弁護士達は、ここぞとばかりにEdwards議員への支援を固め、資金量トップの民主党候補者にまで仕立て上げてしまったのである。
他方、賠償額を低く抑えようとしてきたのが、Bush政権である。その背景には、医療機関、企業等訴訟により賠償を求められて散々な目にあっている人達がいるわけだ。Bush大統領は、医療過誤保険の保険料が高騰しすぎてしまったために、優良な病院、医師までが経営を継続できなくなり、無医師地域が増えているとして、その元凶である賠償額に厳しいキャップを設けようとしているのだ。
今日のタイトルは、もちろんすべての医師、弁護士に当てはまるなどというつもりはないが、訴訟を避けようとする藪医者と、救急車を追っかける金儲け主義弁護士が、大統領の座を巡って争うという構図になるのだ。
Edwardsは、子供や弱い者の味方、という立場を強調するとともに、専門弁護士達の利益代表者ではないことを主張している。しかし、医療過誤訴訟の多さ、賠償額の大きさは目に余る(Topics 「2003年5月1日 国民の医療への関心」参照)という意見が国民の間には強い。
Edwards議員の潤沢な資金量と正義の味方の看板が、アメリカ国民の間でどう理解されるのか、大変興味のあるところである。
かんべえさん、今日はお忙しい中をお立ち寄りいただき、ありがとうございました。今日はゆっくりできませんでしたが、そのうちに、お願いします。それにしても、Upが早いですね。
5月10日 (番外編) Internetの威力
アメリカから帰国して、1ヵ月ちょっとが経った。アメリカの出来事が、日本にいながら把握できるのは、一重にInternetのおかげである。ニュースはもちろん、関心のある分野に関する論文やレポートも、効率よく収集することができる。アメリカにいた頃に情報収集に利用していた手法がそのまま日本の自宅で利用できるのは、まるで夢のようである。肌身で感じる雰囲気というのも重要な情報だが、これもInternetにより、ある程度、集められる。アメリカに住む知人とのe-mailのやり取りである。
10年前、マレーシアのクアラルンプールに3年間駐在したことがある。この駐在期間を終え、日本に帰ってしまうと、マレーシアの情報が途端に絶えてしまったのにくらべれば、隔世の感がある。
ところで、この2日間、Internetの威力をまざまざと感じる出来事が起きた。
当websiteは、開設から1年3ヶ月たっているが、その間のアクセス件数は、7000件ちょっと。ところが、この2日間で、何と800件ほどのアクセスがあった。当websiteにとっては、驚異のアクセス件数である。それは、ひとえに、かんべえさんが、ご自分のwebsiteの"Diary"で、当websiteを紹介してくださったからだ。かんべえさんがDiaryに書かれてから約50時間の間のアクセス件数は、777件。そのうち、かんべえさんのDiaryからアクセスしてきた方が77.7%を占めている。大変な影響力である。
有力websiteは、たった数行で、これだけの人達を、マイナーサイトに誘導してしまったのだ。改めて、internetの威力を認識した。
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