第11章 医療制度

高橋 淑郎 (国際医療福祉大学教授)

1 カナダの医療サービス供給システム

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(1) 医療サービスの供給

カナダは州ごとに医療サービス供給システム、ケアの分類などが異なる。これは1867年の英領北アメリカ法(British North America Act)の、セクション91、92による憲法上の権限の移譲に由来する。しかしながら、おおむねこうであろうという標準は存在する。それは、カナダ連邦政府が示したケアの分類があり、それに沿って各州で独自の医療サービス供給システムがつくられているからである。例えば、カナダの典型的な医療サービス供給システムは次表のようになっている。

標準的な医療サービス供給パターン
(1)標準パターン患者 ⇒ 家庭医 ⇒ 専門医 ⇒ 病院(入院)
(2)地方で専門医が少ないパターン患者 ⇒ 専門医 ⇒ 病院(入院)
(3)一部の人々の利用パターン患者 ⇒ コミュニティ・ヘルスセンター
(4)都会でのパターン患者 ⇒ 病院の外来 ⇒ 病院(入院)
患者 ⇒ HSO ⇒ 自由選択で病院(入院)
患者 ⇒ CHO ⇒ CHO関連病院で(入院)
(5)救急、時間外の場合患者 ⇒ 病院の救急室


患者の標準的な医師へのかかり方は、(1)のようなパターンで、患者は、まず、自分のかかりつけの家庭医の診察を受ける。プライマリーケアーの段階では、ここですべて完結するが、専門医の診察が必要となった場合は、家庭医から専門医を紹介してもらい、そこで診察、治療を受けることになる。もし、その患者に入院の必要性があれば、患者はその専門医の契約する病院に入院することが多い。また、カナダのように広大な国土ゆえ生じる問題として、同じ国内でもかなり医療の地域格差があり、医療過疎が存在する地域では、専門医がかなり少ない場合もあるし、専門医の専門も偏る場合もあることは事実である。したがって、(2)のように、家庭医からすぐに病院に入院ということもある。また、都会では、病院の外来を利用する患者も増加している。カナダの病院の特徴として、アメリカの病院と異なり、病院の外来を意識して機能させている。これは、カナダの病院がこれまで、施療病院をつくってこなかったことからも理解される。それは、経済的差(収入の多寡)で医療のアクセスやその内容に違いをつけることをよしとしてこなかったことからも理解される。つまり、国民誰でもが医療資源を必要なときに、適切な質で必要な量だけ消費できることを保障しようとしてきた国がカナダなのである。

したがって、医療サービス供給システムは、基本的にアメリカに類似しているのであるが、病院の外来の機能は、アメリカよりもカナダの方がかなり、日本的であるといえる。その他の医療へのかかり方は、後述する。

(2) 医師の勤務形態と給与の支払い方式

カナダでは、医師の就労形態として、開業の家庭医、開業の専門医、病院勤務医、行政勤務医といった形態が多い。また、医師の報酬の受け取り方と就労形態は関係していることが多い。カナダの医師の給与形態をみると、@出来高払い、A給与、B機関限定の給与、C人頭割り、という4形態が多い。

多くの医師は、州の保険を利用した@の出来高払いを利用しているが、カナダの場合は、日本と同様にかなり細かく医療行為が分類され医療行為別に料金表ができているので、これはどうしても医療サービスの量を増やそうとする傾向になりがちであり、医療費が増大する傾向にある。さらにインセンティブの作用する方向が医の倫理に反するような場合があることは否めない。次に多いのが、「カナダの医師の約30%がとっているAの「給与」形態」である。それは、インターンやレジデント、地理的にフルタイムで勤務しなければならない医師、行政職などの医師である。Bの期間限定の給与をもらうのは、本業とは別に、自分の時間を使って、地域の要請や、季節的、地理的要請によって、臨時の所得を得る場合である。例えば、精神科医が自分の診療所以外に、地域の精神センター等で勤務することで、収入を得る場合である。

さらに、医師が受けもち患者1人当たりの一定の額で収入を得るようなCの人頭割りも残っている。これはイギリスのシステムを国民皆保険のなかで限定的な地域で組み込もうとした例であり、上表の(4)のパターンであり、詳しくは後述するHSOの形態である。とくに、最近では人頭割りでの支払い体系が、結果として、医師と患者との信頼関係を構築することに重要な役割を果たすということが認識されてきている。それは、最近の若い人々が、病院の救急室や地域の保健センターを多く利用するという非継続性に対する反省に起因している。さらに、その人頭割りのシステムでは、医療費を最小に抑える動機付けが行われるので、各州政府としても、現行の医療制度改革のなかで、かなり意識しているといえる。

カナダのプライマリーケアは、地域の私的な個人事業主である開業家庭医(Family Physician)あるいは開業一般医(General Physician)によって守られているといえる。先に述べたように、一般的には患者はかかりつけの医師である家庭医に診察を受ける。しかしながら、人口の少ない地域、経済的に貧しい地域では、地域保健センター(Community Health Center)を利用することも多い。都会などでは、かかりつけ医をもつことを嫌ったり、経済的に裕福でない場合は、病院の救急室を利用することもある。しかしながら国民皆保険のなかで、経済的アクセスビリティが良好なカナダでは、「90%以上のカナダ人が、自分が最初に診てもらう医療サービス提供者を認識している」ことは事実である。

開業医の一般的形態は、1人で診療所を行うか、グループで診療所を経営するかの2通りである。グループ診療の場合、同じ診療科でまとまる場合と、異なる診療科でまとまる場合とに分かれる。また、病院と契約している専門医が病院の敷地内のオフィスビルに診療所を構える形態の診療所ビルといったものも郊外の大規模病院にはある。さらに、地方の医科大学にフルタイムで勤務する医師である教員が、病院の敷地内に診療所をもつこともある。これが医師の給与形態でAの説明でいうところの地理的フルタイム医師という。また、都会では、自分の診療所をもちながら週のうち数日を有名な病院の外来で勤務するような形態も出てきている。

開業医の多くは、出来高払いの診療を行っている。これは、日本の形態と基本的には同じである。したがって、日本と同様に医師が医療行為の量を多くしたり、患者を多く診ることで1人当たりの診察時間が減少していくという問題が起こっている。したがって、その弊害をなくすようにいくつかの試みができてきている。

(3) 医療サービス供給システムでの新しい試み

先に述べたように出来高払い制度の弊害をなくすためにいくつかの新しい試みがなされてきた。それが地域保健センター(Community Health Center)保健サービス提供機構(Health Services Organization : HSO)包括的医療提供機構(Comprehenseive Health Organization : CHO)である。

地域保健センターは、非営利組織で地域の人々によって構成されているが、その運営費は州政府から拠出されている。この組織では、広く浅くということで、医科医療、歯科医療、看護、社会福祉の一部などをひとつの組織として提供するものである。この組織が設置されるのは一般的に経済的に貧しい人々が多い地域や、高齢者が多い地域に設置される。そこで勤務する専門職は皆、給与で所得を得ている。

ケベック州などでは LSCs (Local Community Services Centers) と呼ばれ、人口3万人から10万人程度に1ヵ所の割合で州内に146ヵ所設置されている。名称が若干違っても、その狙いは、医療と社会サービスとを統合し、予防医学、リハビリテーションおよび健康増進を推し進めるということにある。それは、現在のカナダの健康政策とも深く関係する。カナダは現在、健康増進によって、医療費を抑制するという大きな目標があり、地域保健センターは、それに合致するものである。

HSO は、2人以上のグループ診療が基本となっている組織であるが、出来高払いではなく、人口割りで報酬を受けるものである。これは州政府との合意に基づいている。この人頭割りの金額は毎年の交渉で決まり、各月ごとに分割して支払われる。この算定方法の基本は、同じ地理的条件あるいは地域での出来高払いの額を基礎としている。この組織の医療を希望する住民は、自発的に HSO に登録し、そこでのサービスの提供を受けることに同意するものである。しかし、この同意は拘束力のあるものではなく、HSO 以外で診療を受けても何の罰則もない。なぜなら、HSO への人頭割り支払いは、人頭割り交渉によって、毎年修正されるからである。つまり、HSO 以外で診察を受けたときは、各月ごとに医師に支払われる額から減じられるのである。したがって、医師はできる限り会員である患者を健康に保つことが重要になり、医療資源を消費しないように心がけることになる。しかしながら、この組織はカナダでは、現状では、オンタリオ州のみの採用となってしまっている。

CHO は、オンタリオ州で実験的に行われているシステムである。これは、1987年に、オンタリオ州の保健省が、これまでとは異なったヘルスケアシステムとしてアメリカの HMO (Health Maintenance Organization) を基礎として国民皆保険のなかでの実験を始めた HMO 型のシステムといえる。CHO は非営利組織として、広範囲な健康および健康に関するサービスを提供・購入(例えば、CHO が外部の医療機関に検査等を依頼した場合はサービスの購入と考える)する組織といえる。そこには質の管理と健康増進のメカニズムが構築されていることが求められている。CHO の理事会は、その利用者であるメンバー、医療サービスの提供者、地域の代表から構成されている。特徴は、広い医療サービスの種類であり、医療サービス、病院での入院、歯科サービス、在宅ケアまでそのカバーする範囲は広い。これらがひとつの組織としてひとつのマネジメントのなかで動かされるのである。州からの CHO への支払い方法は、出来高、人頭割り、給与の3通りのなかから選ぶことになっている。CHO の会員が CHO のカバーする範囲内の医療サービスを他の医療機関で受けた場合、州政府はその分のサービス料を CHO にチャージバックする。実際にはほとんどの医療が CHO で完結されるので、会員が他の医療機関に入院したりすることは少ない。この組織の狙いは包括的な医療を提供することで、健康を増進させ、疾病を予防することである。CHO が提供する会員のためのプログラムを高めることが、医療資源の消費を抑えることになると期待されている。

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2 カナダの医療システムに関するカナダ国民の意識

カナダ保健法(Canada Health Act 1984)によって求められている5基準

  1. すべてのカナダ人が保険でカバーされ、支払いの心配なく医療を受けられるという(Universality)ということ
  2. すべてのカナダ人が国内でいつでも、どこでもすべてのサービスを利用できる(Portability)こと
  3. 病院で必要な基本的な医療行為および歯科での口腔外科領域はすべて保険でカバーされているという(Comprehensiveness)こと
  4. すべての国民が医療費や他の要因によって医療に自由にアクセスできることを妨げない(Accessibility)こと
  5. 保険は州政府が責任をもつ公的組織で非営利で運営される(Public Administration)こと
という基準が各州で達成されていることで、国民はかなり満足しているのであるが、とくに、すべてのカナダ人が加入しており、費用の心配がないということに関しては、国民の約90%以上が支持している。保険の運用主体が非営利の公的機関であるということに関しては、その支持は65%程度にとどまっている。これは規制緩和が進んできているカナダでは、保険の運用主体に必ずしも州政府が関与することはないという意思でもあると思われる。その他のアクセスビリティや州が変わっても利用できるということなどは70-80%の支持にとどまっている。しかし、これらの数値は、国民の意識という点ではかなり高いという評価もできる。

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カナダは国民の誰でもが、経済的障害が少なく医師の診察を受けられるように、配慮している国である。アメリカ人からは、カナダは高度医療が受けられない国ではないか、少なくとも病院での医療では、臓器移植や心臓のバイパス手術などでは順番待ちではないかと非難されることもあるが、そのような場合、カナダ人の多くは、重症度、必要度に応じた順番であるので何の問題もないという。それよりも誰でもが必要なときに医療機関にかかれるアクセスの方が重要であるという。たしかに、アメリカは中産階級以上の人々にはよい医療サービスを提供するであろうが、医療というすべての国民にとって必要なサービスは、カナダの方がシステムとして優れていると反論するのである。このようにカナダはさまざまな不満や問題を抱えながらも、医療制度を変えながら自ら考え、確実に行動している国といえる。

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