第4章 政治と現代福祉国家

岩崎 美紀子 (筑波大学助教授)

1 カナダ政治の特徴

(3) 地域主義と連邦主義

・・・・・・

国家システムに作用する遠心力と求心力という力学的視点である。システムが崩壊しないのは遠心力と求心力の均衡が模索されているからである。すなわち遠心力が強くても、それを相殺しうる求心力が存在すれば、システムは維持されるのである。逆にいえば、遠心力が強ければ強いほど、システムが崩壊しないためには、それを相殺する強い求心力が必要となるのである。

@ 遠心力

遠心力としては、ケベック・ナショナリズムや西部地域主義に代表される地域主義をあげることができる。西部地域主義は、前述したように、連邦政治が中央カナダに牛耳られていることへの不満あるいは疎外感により醸成されてきた。これは逆にいえば、連邦政治への西部カナダの参加が充実すれば、西部地域主義の遠心性は軽減される可能性があることになる。

しかし同じ地域主義でも、ケベック・ナショナリズムが志向しているのは、参加の方向ではなく自治の方向である。ケベックの連邦政治への代表性は高く、連邦政策決定過程への影響力も大きい。カナダの首相はケベック出身者が続いているし、英語とフランス語を公用語として以降、連邦官僚制へのフランス語系の登用も進んだ。詳細は後述するが、カナダの社会政策の展開はケベック抜きには語れない。連邦政治への参加がさまざまな側面で実現していながら、ケベック・ナショナリズムが目指す方向は自治の強化なのである。英語系諸州は、連邦政治に十分な参加をしながらそれでも不満をもっているケベックを理解しがたく、それがケベックの疎外感をあおり政治主権獲得への道を歩ませるという構図になっている。ケベック・ナショナリズムが有する遠心性は、強まることはあっても弱まることがないのである。

A 求心力

では求心力として作用しているのは何であろうか。まず非アメリカ主義(Non-Americanism)をあげたい。カナダは、アメリカとは異なることをその存在の基本としているといっても過言ではない。

歴史的にみれば、イギリス植民地となりながらもフランス系社会が存続したのは、同化の強制が反英感情を生みアメリカ13植民地の反英運動と連動することを回避するために、フランス系社会の基本(言語・宗教、カトリック教会、領主制など)を容認したケベック法の制定(1774年)によるところが大きい。アメリカではフランス系ルイジアナが英語系に同化していったのとは対照的である。規模からみても凝集力からみても無視するには大きすぎるフランス系社会がアメリカとカナダの違いを際立たせている。

イギリス系カナダが成立したのは、戦争により独立を勝ち取り共和制を成立させたアメリカの急進性とは相容れない親英的な穏健派(ロイヤリスト)が大量に移住した結果であった。民族としては同じでありながら、アメリカとは異なるアングロ・サクソン社会をつくることがイギリス系カナダの原動力であり、積極的な反アメリカ主義(Anti-Americanism)が源泉にあった。カナダ連邦の発足もアメリカからの脅威が影響しており、カナダ建国の節目節目にアメリカの存在がある。

長い国境線を接する強大な隣国であり、軍事的にも経済的にもアメリカの存在は、カナダにとって重要であることを承知しながらも、その一方で、アメリカの影響力に屈することへの抵抗アメリカとは異なることへの誇りが、カナダをひとつにまとめる力として作用し続けているのである。

求心力の第2としてあげたいのは、治安の良さと社会政策の厚さなどに表れるカナダ社会の安定性である。これは反アメリカ主義ほど明示的ではないが、アメリカ社会にはない穏やかさという暗黙の比較が底流にあり、カナダへの愛着を強化している面がある。

求心力の第3は、連邦政府から州への財政移転である。財政移転には、平衡交付金 Equalization Payments と、条件付き補助金 Conditional Grants がある。前者は、税源の偏在により、過重な税か貧困なサービスかという選択をしなくともすむように、どの州に住んでいても、一定の課税水準で一定の公共サービスが受けられるようにすることを目的としている。地域格差の大きいカナダでは、これは「統合の代価」として考えられている。

条件付き補助金は、憲法上は州の管轄に属する分野のプログラムへの連邦政府からの財政移転であり、使途分野の限定、分担の原則、連邦基準の遵守などを条件としている。このような補助金が、中央が地方をコントロールする道具という文脈にないのがカナダの特徴である。なぜなら、決定権はあっても財政的裏付けが弱い州と、決定権はないが財政力の強い連邦のあいだで対等な交渉関係が成立しているからである。さらに連邦補助金は、とくに社会政策分野(教育、医療・保健、社会福祉など)に交付されていることも、補助金に、集権的ではなく急進的な性格を与える。多くの政策が市民には間接的にしか作用しないなかで、社会政策は、政府と市民のあいだに直接関係を成立させる政策分野である。地域性が強い一方で人口の州間移動も頻繁であるため、汎カナダ的な社会政策の展開を望む国民の声は強い。アメリカよりも手厚い社会政策が、カナダのアイデンティティの源泉のひとつであることからも、これを維持するために国家政府としての連邦政府への期待が大きいのである。