これまで、史上最大の倒産規模となった、Enron、WorldComの離職手当(severance pay)について、コメントを掲載してきた。(Topics 「2月22日 企業再生策二題」、「6月13日(1) Enronの離職手当て」、「7月26日(2) WorldComの離職手当」、「4月10日 Severance Pay Plan」を参照)
その度毎に、労働債権の法制上の扱いと、実際の債務整理の中での取り扱いについて、もっと理解を深める必要があることを記してきたが、ようやく、その初稿がまとまったので、「考察・コメント」のページに掲載した。
その要旨は次の通りである。
アメリカ連邦倒産法は、企業の倒産手続きとして、Chapter 7(清算)とChapter 11(再建)を用意している。Chapter 11の手続きの中で、労働債権は、限定付きながら、無担保優先債権の第3位、第4位となっており、租税債権、無担保一般債権(金融機関の融資)等に較べ、高い優先度が与えられている。しかし、労働債権の取得の時期を巡って、判例が分かれており、法廷論争になれば長引く可能性が高い。
2001年12月にChapter 11の申請を行ったEnronの場合、このような法廷論争を回避し、当事者間で労働債権に関する合意が形成され、2002年8月、破産裁判所の最終許可が下された。この合意では、争点となっていた離職手当について、Chapter 11申請前の離職手当規定にほぼ則って支払われることとなった。労働債権に対して高い優先度を与えることにより、実際の企業倒産、再建手続きが少しでもスムーズに進むという仮説が、Enronのケースで説明できるのであれば、日本における破産法改正に向けた一つの示唆となろう。
Enronの企業年金のうち、確定給付プランには大きな積立不足があるものの、支払保証制度により補われ、年金受給権は確保されることになる。支払保証制度により、労働債権の確保が強化されている反面、対象とならない確定拠出プランが普及している、不正による積立不足も保証されるため公正さを欠くという面もある。
Washington Postの報道によれば、United Airlinesは、倒産を回避するために、連邦政府による18億ドルの債務保証を必要としている。その債務保証を獲得するためには、思いきったコスト削減が要求されている。具体的には、今後6年間で、毎年25億ドルのコスト削減が必要であり、これを達成するためには、労務費について毎年15億ドル、約22%の削減が不可欠だとしている。
Unitedは、各組合毎に、労務費削減計画を提示し、合意を求めているが、Unitedの株式の55%は従業員が保有しており、組合は経営方針に関する意向を反映しやすくなっている。従業員の中でも最大の株主であるパイロット組合とメカニシャン組合は、それぞれ取締役を出しており、その意向は今後の交渉の行方を大きく左右する。パイロット組合が静観を決め込んでいるのに対し、メカニシャン組合は、CEOの交代を交渉開始の条件としていた。
これを受けて、United Airlinesは、9月2日の特別取締役会で、全員一致で、ChevronTexaco Corp.副会長でDynegy Inc.会長のGlenn Tilton氏を、新CEOとして迎え入れることを決定した。彼は、Unitedの従業員との関係を大事にするとのコメントを発表し、早く組合との交渉をスタートさせたいとの意向を示した。主要組合が取締役を出しており、彼らもこの人事に賛成したことから、交渉自体はスタートするものと見られるが、大きな労務費削減に、組合がどこまで妥協するのか、注目されるところである。
なお、UALの株価は、9月4日午後3時半時点で$3.38となっており、新CEOを若干評価しているように見えるが、依然として超低価格(Topics 「8月24日 ESOPと企業倒産」参照)が続いており、その再建の難しさに明かりが灯ったとまでは言えない。
他方、既にChapter 11を申請したUS Airwaysのメカニシャン組合は、賃金削減案を拒否し、労働協約維持(Topics 「8月27日 Chapter 11と労働協約」参照)を求めて法廷闘争を行うことを決定した。法廷闘争が長引けば、それだけ財団財産も減価し、再建計画案に至らないまま清算に移行してしまう怖れもある。そうなる直前まで、ぎりぎりの交渉を行うのだろうが、企業単位組合ではない労組の文化として理解するしかないのだろう。
Topics 「9月4日(1) Chapter 11と労働債権」で、WorldCom倒産事件を、史上最大と記したが、その根拠は次のリストである。これは、1980年から現時点までの、倒産規模TOP 20をリストアップしたものだ。
The Largest Bankruptcies 1980 - Present*Worldcom, Inc. assets taken from the audited annual report dated 12/31/2001
Company
(click for more info)Bankruptcy Date Total Assets
Pre-BankruptcyFiling Court District
Worldcom, Inc.* 7/21/2002 $103,914,000,000 NY-S Enron Corp.** 12/2/2001 $63,392,000,000 NY-S Texaco, Inc. 4/12/1987 $35,892,000,000 NY-S Financial Corp. of America 9/9/1988 $33,864,000,000 CA-C Global Crossing Ltd. 1/28/2002 $25,511,000,000 NY-S Adelphia Communcations 6/25/2002 $24,409,662,000 NY-S Pacific Gas and Electric Co. 4/6/2001 $21,470,000,000 CA-N MCorp 3/31/1989 $20,228,000,000 TX-S Kmart Corp. 1/22/2002 $17,007,000,000 IL-N NTL, Inc. 5/8/2002 $16,834,200,000 NY-S First Executive Corp. 5/13/1991 $15,193,000,000 CA-C Gibraltar Financial Corp. 2/8/1990 $15,011,000,000 CA-C FINOVA Group, Inc., (The) 3/7/2001 $14,050,000,000 DE HomeFed Corp. 10/22/1992 $13,885,000,000 CA-S Southeast Banking Corporation 9/20/1991 $13,390,000,000 FL-S Reliance Group Holdings, Inc. 6/12/2001 $12,598,000,000 NY-S Imperial Corp. of America 2/28/1990 $12,263,000,000 CA-S Federal-Mogul Corp. 10/1/2001 $10,150,000,000 DE First City Bancorp.of Texas 10/31/1992 $9,943,000,000 TX-N First Capital Holdings 5/30/1991 $9,675,000,000 CA-C Baldwin-United 9/26/1983 $9,383,000,000 OH-S
** The Enron assets were taken from the 10-Q filed on 11/19/2001. The company has announced that the financials were under review at the time of filing for Chapter 11.
Source: BankruptcyData.com, New Generation Research, Inc. Boston, MA (617) 573-9557
これを見ると、1992年11月から2001年2月までの間、TOP20に入るような大規模倒産事件は起きていなかったのである。やはり、この期間は、特異稀な好景気だったことが窺い知れる。景気後退期が2001年3月からだったこととも符合する。
余談だが、Filing Court Districtの欄に、NY-Sと記されている事件が、20件中7件もある。これは、Chapter 11の申請を、ニューヨーク南地区破産裁判所(US Bankruptcy Court, New York Southern District)に提出した企業が、TOP20中7社あるということだ。しかも、ここ1年間に起こった大規模倒産事件TOP 4 (WorldCom、Enron、Global Crossing、Adelphia Communcations)が含まれているのだ。さぞかし、同破産裁判所は忙しいことだろう。
しかし、破産裁判所の裁判官は複数だが、連邦管財官(「Topics 7月29日 連邦管財官」参照)は一人しかいない。NY-Sを所管している連邦管財官は、US Trustee Carolyn S. Schwartzだ。彼女は一人でこれらの大型倒産事件の進行を監督、監視しなければならないのだ。その忙しさは想像を絶するものがある。
医療費の高騰が、被用者のコスト負担増につながりそうだということは、何度も書いてきたが、実際の調査でもそれが明らかになってきた。
上記Sourceによれば、過去1年間の被用者のコスト負担増は、次のようになっている。
- 保険料負担の増加を経験した従業員の割合:37%
- benefitの削減または自己負担、免税額の増加を経験した従業員の割合:31%
- 上記2つのどちらも経験した従業員の割合:16%
しかし、もっと深刻なのは、失業者の医療保険である。上記Sourceによれば、無保険者が、無保険となった理由の第1位は、失業(52%)である。
アメリカでは、医療保険を提供していた企業の従業員が失業した場合、その従業員は、保険料の102%(2%は事務コスト分)を負担することで、最長18ヶ月間、元の職場の医療保険に継続加入できることになっている。これは、1986 Consolidated Omnibus Budget Reconciliation Act (COBRA)により定められている。これにより、失業しても、次の就職先が見つかるまでは、従来の医療保険に継続加入できることになっている。
ところが、このCOBRAの規定を利用して、失業しても継続加入している人の割合は、とても低い。Charles D. Spencer & Associates Inc.の調査によれば、COBRAにより継続加入資格のある失業者のうち、実際に継続加入している失業者の割合は、2000年19.5%、2001年16.2%しかない。これだけの割合しか加入していない理由は、ひとえに保険料の高さである。実際に継続加入している失業者の、1ヶ月の保険料は、月$501.71(単身者・家族持ちの平均)となっている。しかも、2000年に較べて、22.3%も上昇しているのだ。
失業中にこれだけの保険料を払い続けられるのは、相当の高給取りで蓄えが充分にあるか、離職手当(severance pay)をたっぷりもらっているかしかない。
上記調査では、仮に失業した場合に、医療保険に継続加入するか、とのアンケート調査も行っている。その結果によれば、継続加入すると答えた人は23%しかない。医療保険の大切さを理解していても、それだけの割合しか継続するとしておらず、実際に失業してしまえば、経済的に支払う余裕がなくなり、加入率が10%台に落ちてしまうのだろう。
また、保険料の約75%を補助するとした場合、継続加入すると答えた人の割合は、59%にまで跳ね上がる。それでも、低所得者層では、ようやく37%にしかならない。
7月に成立した、Trade Promotion Act(TPA)では、貿易により失業した労働者の医療保険料の65%を、税額控除として認めることとなった(「Topics 7月26日(3) TPAと医療保険」参照)。しかし、上記調査の場合よりも、補助率が低いうえ、実際に医療保険料を負担した後に税額控除で還付するという形式になるため、継続加入する失業者の割合は、上記調査のように、59% にまで高まるとは思えない。また、そういった失業者は、低所得者層の場合が多いと考えられるため、継続加入率は、さらに低くなると思われる。
上記調査では、もう一つ面白い意識調査を行っている。それは、もしも、無保険となった場合、どこの医療保険に加入したいか、というものである。医療保険提供者として、企業を望む割合が高い(43%)ものの、所得階層により、その選好度は変わってくる。所得が高い層は、企業を望む割合が高く、所得が低い層は、政府による新たな医療保険制度を望む割合が、相対的に高くなる(21%)。また、実際の無保険者となると、低所得者層に較べて、企業による提供を望む割合が高くなる(34%)。
全体としては、企業が提供する医療保険に依存したいとの意識が高いものの、低所得者層には、政府による医療保険制度の創設を望む気持ちがあることがわかる。この辺りの意識が、今回の中間選挙にどれだけ影響するのか、注目しておきたい。
今日(9月10日)、Maryland州では、予備選挙が行われる。子供達が通う公立小学校はお休み。家の近所の教会も投票所になっているらしく、朝から人が集まっている。
私が住んでいるBethesdaは、下院のMaryland州第8選挙区となっている。現職は、共和党Constance A. Morella女史であり、今回の選挙にも出馬する。他方、民主党候補は、今日の予備選挙で絞られることになる。MD第8選挙区に立候補している民主党員は、全部で5人だ。Morella議員は、共和党とはいえ、中道穏健派であることから、第8選挙区の最終結果はどうなるか、最後まで予断を許さない状況だ。
ところで、今回の中間選挙で、Maryland州では、コンピュータ投票が導入される。州内の、4つのCounty(Prince George's, Montgomery, Allegany, Dorchester)で、タッチ・スクリーンにより投票できるシステムが導入される。これにより、Maryland州内の選挙権者の約42%が、コンピュータ投票を行うことになる。
コンピュータ投票の導入の最大の目的は、正確性と迅速性、それにコスト削減にある。もちろん、2000年の大統領選挙の混乱への対応ということは、言うまでもないが、Maryland州が総額1,500万ドルを投じて、このシステムを導入する狙いは、もう一つある。
それは、ヒスパニック対策だ。Prince George's, Montgomery両countyでは、コンピュータ投票を開始するために、最初に選択するのが、言語である。EnglishとSpanishの選択肢が用意されており、このどちらかを選択することから、投票が始まる。
ヒスパニックの移民が増えることによる社会的コストをどうするか(「Topics 8月21日 アメリカの第2公用語」参照)が、アメリカ社会の大きな課題となっているが、選挙にまでSpanishが採用されるということで、大きな方向は決まったようだ。もう後戻りはできないだろう。
ちなみに、コンピュータ投票に興味のある方は、ここで、シミュレーションができるので、試してみてはいかがでしょうか。
WorldComは7月にChapter 11の申請を行った。NY破産裁判所は、既に、総額2,200万ドルの離職手当の支払いを認めている。この金額は、一人あたり4,650ドルであり、倒産法に定められた、無担保優先債権としての労働債権の上限額である。TOPへ
WorldComの元従業員達は、当然、この金額に満足せず、40人が、規定通りの支払いを求めて、破産裁判所に命令申請を行った。同日、AFL-CIOも、これを支持する覚書を提出した。同時に、AFL-CIOは、AOL Time Warner Inc.とMetropolitan Life Insurance Co.,という2大債権者に対し、元従業員達の命令申請に反対しないよう、要請状を送付した。
当然、債権者達は、このような命令申請に対して、反対の意見書を裁判所に提出することになろう。
このWebsiteで何度も紹介している通り、破産裁判所も連邦管財官も、Enron事件と全く同じなのである。今後は、おそらく、Enronと同様、雇用関係問題委員会が設立され、そこで、離職手当に関する妥協案が検討されることになるのだろう。ただし、破産財団の資金事情が許せば、のことである。
こうしてみると、雇用関係問題委員会が設立されるまでは、セレモニアルな命令申請が続くだけであり、本当の交渉は、同委員会設立後の数ヶ月で行われる、と考えておいた方がよさそうだ。
なお、Enron、WorldComの破産裁判に関する書類を無料で閲覧できるWebsiteへのリンクを、ここに用意しておきましたので、ご関心のある方はどうぞ。