Topics 2002年7月1日〜10日    前へ    次へ


10日 401(k)プランの自社株投資
7日 確定給付と確定拠出
3日 「法文」と「常識」
1日 硬直的な労働市場イタリア


10日 401(k)プランの自社株投資 Source : Employer Stock in Retirement Plans (CRS)
WorldComの企業年金について、7月10日付Washington Postが報じている。Enronのケースと同じように、悲劇が起こったようだ。

WorldComの株価は、1999年に最高値$64.50をマークした後、この3年間ずっと下落を続けてきた。39億ドルの粉飾決算があったことが公表される前でも、既にその株価は$2にまで下がっていたが、7月9日現在、¢21と紙くず同然になっている。



これに伴い、1999年当時、同社の401(k)プランが保有する資産のうち、自社株が11.9億ドルあったのが、現時点では1870万ドルになってしまった。自社株だけで、11億7000万ドルが消失してしまった。

WorldComは、過去15年間に70社以上の企業を買収してきた。そのため、無数の退職金制度が並存していた。2000年に、同社は、それらを一つの401(k)プランに統合した。

その統合401(k)プランでは、フルタイムの従業員の場合、給与の最高5%を拠出できる。これに対して、企業側は最高4%のマッチングを行ってきた。この企業側のマッチングは、自社株の場合と現金の場合があったが、いずれの場合でも、企業拠出を自社株投資に限定することはなかった。

この点が、Enronのケースと大きく異なる点である。Enronの場合には、企業拠出は自社株で行われ、しかもそれを50歳になるまで他の資産に転換することを禁じられていた。しかも、Enronは、倒産直前に、運営管理機関の変更に伴い、運用資産の変更を一定期間認めていなかった(『blackout』 Topics 「2月1日 401(k)プラン改革 大統領提案」参照)。このため、Enronの従業員達は、株価がどんどん下がっていくのを目の前にしながら、何も対策を講じられなかった。

ところが、WorldComの場合、自社株の他の資産への転換は自由だし、特別の事情があれば、59歳前でも引出しが可能であった。しかも、最初に述べたように、WorldComの株価は急落したのではなく、徐々に下落していったのである。2000年時点で、401(k)資産の中の自社株は、約32%を占めていたが、WorldComの従業員達は、自社株を他の資産に転換する機会はいくらでもあったのに、それをしないまま、ずるずると年金資産を減らしてしまったのである。

以前にも記したように、401(k)プラン資産の中に占める自社株の割合は、かなり高いものがある(Topics 「2月7日 議会証言」参照)。この点についてまとめたのが、上記sourceで、CRSという議会の調査機関によるものである。

これまでもいくつかの研究機関が、DC(確定拠出型企業年金)資産における自社株の割合について、推計している。



CRSは、これらの調査とは別に、SECに提出されている278社の報告書(Form 11-K)を独自に分析した。その結果が、次の表である。



この表によれば、278社のDC資産における自社株の割合は、平均で38.0%、中位数で24.7%となっている。この数字からみても、WorldComの32%というのは、決して特別高いわけではない。

また、レポートは、DC資産における自社株の割合と、有意な連関を持っている要素が3つあると指摘している。それは、@自社株によるマッチング拠出、A自社株のパフォーマンス、B総資産規模である。これらの要素が高くなると、自社株による保有率は高くなるというわけだ。

当然だろう。従業員だって、上の@〜Bが高ければ、自社株を信じて投資するだろう。しかし、EnronもWorldComも、A、Bを粉飾していたわけだから、従業員がだまされたと思うのも仕方のないことである。会計の不正処理は、年金の運用に大きな影響をもたらすのだ。

Bush大統領は、7月9日、企業の責任(Corporate Responsibility)について、Wall Streetで演説を行った(SpeechおよびExecutive Order)。また、O'Neill財務長官は、9日の大統領演説に同行するとともに、10日、米国商工会議所で講演を行った。Bush大統領は、アメリカ経済の発展のためには、企業に対する信頼回復が重要として、@企業不正摘発チーム(Corporate Fraud Task Force)を設ける、A不正な会計処理を行った場合の刑期を、最高5年から最高10年に改める、BSECの人員増と予算増を求める、などの提案を行った。また、この演説の中で、上院による企業年金改正法案(Topics 「4月12日 401(k)改革法案」参照)の審議の促進を促し、従業員への投資情報提供の重要性を改めて訴えた。今後、夏休みを挟んで、会計関連の法案と企業年金関連の法案が、からまりつつ審議されていくことになるだろう。

余談だが、9日の演説で、Bush大統領は、上記「@企業不正摘発チーム(Corporate Fraud Task Force)」のことを、「金融市場のSWAT」と例えている。よくよくcombatがお好きなようで。

7日 確定給付と確定拠出 Source : Benefit Perspectives, spring 2002 (Milliman USA)
企業年金制度の積立の方法に、確定給付という方法と、確定拠出という方法がある。大雑把に言って、確定給付は、退職後の年金給付額を予め決めておき、その支払いに必要となる金額を算出して、企業が拠出、積み立てていく。一方、確定拠出は、毎期、企業が拠出する金額を予め決めておき、従業員が運用し、積み立てていく。

確定給付と確定拠出には、それぞれ長所短所があり、どちらの制度が優れているとは言えない。重要な事は、企業年金制度を運営している企業が、自らの経営戦略に合わせて両者をどのように組み合わせるのか、である。

以下は、上記Sourceに掲載されていた、アメリカの両者の特徴のまとめである。

確定給付型確定拠出型
企業の拠出額が変動する(注1)企業の拠出額が一定
拠出額が弾力的に決められる拠出額の弾力性はない
企業側が投資リスクは負う(注2)従業員が投資リスクを負う(注3)
給付額は予め保険計算できる給付額は投資結果により異なる
過去勤務に遡って給付増額が可能過去勤務に関する給付増額は不可能
早期退職者への増額給付が可能早期退職者への増額給付は不可能
退職後でも物価調整が可能物価調整は不可能(注4)
長期勤務者の優遇が可能若年者、短期勤務者に有利
積立不足が発生し得る積立不足は発生しない
年金資産の毎期洗い直しとPBGCの保険料(注5)が必要投資配分、投資利益に関する従業員への報告が必要
従業員への投資教育義務はない従業員への投資教育が必要
給付形式は年金または一時金給付形式は一時金が一般的
従業員拠出の税制優遇はない従業員拠出の税制優遇がある

(注1)予定利率、退職率等による
(注2)積立金の投資先は企業側が決定する
(注3)積立金の投資先は従業員が決定する。ただし、アメリカの場合には、一部を自社株への投資に義務付けることができる。
(注4)投資対象を物価調整型のものにすることにより、自主的に物価調整することは可能
(注5)支払保証制度への保険料。積立状況により変動する可変料率。


日本の場合、確定拠出型への拠出金額が小規模に抑えられており(考察・コメント「Defined Contribution Plans in Japan (2002/2/8)」を参照)、確定給付と確定拠出を選択し、組み合わせることが自由にできるとは言えない。ここを早急に改めなければ、企業経営戦略と企業年金制度の連動を図ることは難しい。

3日 「法令」と「常識」 Source : Opinion of the Supreme Court (00-1406)
6月10日、アメリカ最高裁で、ある判決が出された。事件の顛末は次の通り。
Chevron社は、石油精製工場で雇うために採用した従業員の健康診断をしたところ、肝臓に異常値がみられたため、その従業員の採用を取り消した。従業員はこれを障害者差別禁止法(ADA)違反だとして告訴した。連邦地方裁は、この訴えを退けたが、連邦控訴裁は、従業員の訴えを認めた。6月10日の最高裁判決は、全員一致で、従業員の訴えを退け、Chevron社の採用取消は、ADA違反にはあたらないとの判決を下した。
私のような単純な人間に取ってみれば、当然だろう、と思う判決だ。就労により、肝臓が悪化し、死亡するかもしれないというのに、採用して、もし本当にそうなったら、労災もいいところだ。企業側の責任が問われるだろう。しかし、そこは、文化の違いというか、アメリカ社会は、その歴史からもわかるように、差別には敏感だ。こんな当たり前のことを差別はなかったかと、真剣に検証する社会なのだ。

労働組合の組織率が極めて低いアメリカ社会では、雇用に関する争いは、雇用差別禁止法に基づくものが増えている。雇用差別禁止法としては、1964 年公民権法第7 編、同一賃金法(EPA)、年齢差別禁止法(ADEA)、妊娠差別禁止法(PDA)などがある。様々な雇用に関する不満は、これらの差別禁止法に触れていないかどうかで争われている。

上記判決に関するレポートを作成しましたので、読んでみて下さい。

1日 硬直的な労働市場イタリア Source : Italy's Extreme Labor Restrictions (New York Times)
上記記事が伝えるイタリアの労働市場の概要は次の通りである。

@OECDによれば、ヨーロッパ諸国の中で、最も解雇が難しい国はイタリアだ。

Aイタリアの労働法第18条は、1970年に成立した。15人以上を雇用する企業の場合、短期間の試用期間後に解雇した場合、解雇された従業員は訴訟が可能となっている。たいていの場合、その訴訟が認められ、企業は、その従業員を再雇用し、解雇期間中の賃金と社会保険料を支払わなければならない上に、多額の罰金が課される。

B再就職も解雇も難しい労働市場と、再就職も解雇も容易な労働市場を比較した場合、イタリア人の71%は、前者を選択する。

Cイタリアの労働法の問題点は、地域によって法律の適用が一律ではないことと、大きな犯罪が必ずしも解雇の理由にならないことだ。

D雇用を確保されていることは、仕事の効率にも影響をもたらす。3ヶ月の試用期間が過ぎると途端に欠勤が多くなるという調査結果がある。また、雇用が確保されているために、新規の雇用がなかなか増えないという問題も見られる。

Eしかも、セーフティネットが穴だらけのため、20代では半数が親と同居している。家族が最大のセーフティネットになっている。

F政府は、極めて小さな改革案を提案している。51%のイタリア人は、失業給付と再就職支援の増強とセットであれば賛成としているが、左派勢力、労働組合は猛然と反発している。

Gヨーロッパでは、解雇に対する制限と失業給付の手厚さがトレードオフの関係にあるのが一般的だ。

Hローマは一日にしてならず。過度な雇用保護はすぐには修正されそうにない。


日本はと言えば、解雇規制も厳しく、失業手当も厚いという印象だろう。最近は、経済情勢から、解雇規制もなし崩し的になってきているが、それでも指名解雇などは、まだまだなじみがないだろう。判例という厚い壁も残っている。しかし、あまり時間は残されていない。繰り返し主張しているように、柔軟な労働市場は、今後の経済活動には不可欠の基盤である。これがなければ、世界の有能な人財は集まってこないし、日本にとどまってもくれない。そもそも、企業が活動基盤を置くことすら忌避するようになるだろう。G8中、最低の柔軟度の労働市場にならないよう、早め早めに手を打っていく必要がある。幸い、日本の労働組合の政治力は徐々に低下しており、それだけでもイタリアよりはましなのだから。

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