企業年金に、ハイブリッドプラン(Hybrid Plan)というカテゴリーがある。何のハイブリッドかというと、確定給付型(Defined Benefit)と確定拠出型(Defined Contribution)のハイブリッドである。代表的なハイブリッドとして、Cash Balance Planが挙げられる。この仕組みは、年金制度全体の運営は、DBと同じような仕組みでやりながら、従業員個人一人一人に仮想の口座を設け、そこに今までの勤続期間でどれだけの年金がたまったかを明示する。さらに、従業員が転職する際には、その口座の残高を持って行けると言う、あたかもDCのような仕組みになっているのである。(なお、US Tax Codeでは、ハイブリッドという類型はなく、税制適格な企業年金は、必ずDBかDCに分類される。Cash Balanceは税制上はDBである。)
日本で確定拠出制度の議論をしている最中に、日本の企業風土からいって、まずこのCash Balance Planを導入する方がよいという意見もあった。特に、確定給付の世界で伸びてきた生保業界からは、よくこのような意見が出ていた。今年4月に施行となった確定給付企業年金法により、日本でもこのCash Balanceに近い仕組みが可能になった(ニッセイ基礎研REPORT 2002年5月「老後準備に統一的な税制を」臼杵政治)。
確かに、既にDBを持っている企業の場合、DBからCash Balanceへの移行は、より容易に思える。20年以上前からDCを持っているアメリカの大企業は、ハイブリッドをどう利用しているのだろうか。
そこで、上記SourceのWatson Wyattの調査レポートを引用すると、次のようになる。Distribution of Pension Plans Among Fortune 100 Companies
Type of Plan Percentage of Companies 1985 1998 2000 2002 Traditional Pension Plan* 89% 68% 52% 50% Hybrid Pension Plan* 1% 22% 32% 33% Defined Contribution/401(k) only 10% 10% 16% 17% * Most of these firms also have a 401(k)
Fortune 100の企業は、確かに伝統的なDBプランを減らして、ハイブリッドを増やしてきている。ここで、注意すべき点が2つある。
第1は、上記表の注にもある通り、DBプランを持っている企業も、ハイブリッドを持っている企業も、ほとんどが401(k)というDCプランを持っているということだ。つまり、アメリカの大企業は、DCも導入しながら、DBを減らし、ハイブリッドを増やしてきた。この点からすれば、日本が「ハイブリッド→DC」という段階的導入ではなく、同時に両制度を導入できたことは幸いだったと言えだろう。
第2は、この2年間で、ハイブリッドの伸びが頭打ちになっていることだ。DBからハイブリッドへの切り替え時に、中高年従業員の給付水準が切り下げられることが多かったため、社会問題化したり、IBMのように法廷闘争になったケースもあった。そのため、企業側がハイブリッドの導入に慎重になったことが一つの理由だろう。
近年ハイブリッドを導入した企業の動機は、年金コスト削減ではなく、企業文化の転換や、長期雇用を前提にしない制度への転換だったという。
アメリカでは、支払保証制度の保険料高騰が、DBからDCへの転換を一層速めたと見られている。しかし、だからと言って、DBが絶滅しているわけではない。むしろ、その組み合わせにより人事戦略を展開していると見るべきだろう。
日本では、DCの拠出上限が低く設定されてしまったために、当面、DBからDCへの転換はそれほど速いスピードで進むことはないだろう。むしろ、伝統的な退職一時金制度からDCへの転換が中心になるものと思われる。しかし、2003年秋には、厚生年金基金の代行返上(過去分)が可能となり、10年後には現行の適格退職年金が廃止となる。今後10年間、日本企業は、否応無しに、企業年金の見直しを迫られる。その際、横並びで検討するようでは、その企業は沈んでいくことになるだろう。現在血を流して続けているリストラをさらに強化するためには、必要な人材の獲得と確保が重要な鍵となる。経営戦略と賃金政策とは、より一体化を図っていく必要があると思う。
処方薬の高騰をめぐる問題は、製薬メーカー対一般事業会社の対決の様相になってきた。
Topics 4月9日「Generics」で、処方薬の高騰を抑制するには、genericsの参入を促進することが一番効果的とされていることを紹介した。医療保険を提供している超大企業は、連携を組んでこのgenericsの参入を促進させようとしている。当然、製薬メーカーは、そのような立法の阻止に動いており、議会へのロビー活動は当然のこと、この連携を組んでいる超大企業へも説得活動を行っているとのことだ。
多額の研究開発費を回収するためには、後発品の参入を簡単に許してはいけない、という理屈は、ビジネスマンなら当然理解できるだろう。しかし、製薬産業の利益率の高さ(Topics 4月11日「処方薬の割引カード」)を見ると、特許に守られ過ぎじゃないの、と言いたくなるのも当然だ。 こうした対立関係は、日本でも見られる図式である。医療保険の薬価問題になると、支払側(日経連、連合、健保連)と製薬メーカーは激しく対立するそうだ。大手の製薬メーカーは、当然日経連の会員なのだが、薬価については、製薬メーカーと日経連は一言も口をきかないそうだ。日本の場合は、新薬として、開発コストを反映した薬価が定められており、アメリカよりもさらにガードが固くなっている。命や病気とかかわるだけに、簡単に「市場価値」などとは言いにくいが、それに近い値は算出可能だと思う。経済学者の皆さんが、こういったテーマを手がけて、解決策を提案してくれるといいんだけどな。
Topics 4月19日「鉄鋼メーカー退職者の医療」で、鉄鋼族議員が、行動を起こそうとしていることを紹介したが、いよいよそれが法案となって出てきた。
民主・共和両党の下院議員が共同提案者となって、鉄鋼メーカーの退職者に医療保険を提供する法案が出された。これには、下院議員100人近くが支持署名を行ったそうだ。
これももちろん選挙を睨んでのことだ。鉄鋼メーカーを選挙区に抱える下院議員にとっては、重要なテーマであり、同法案が成立するかどうかはともかく、署名しておかないと地元への説明が苦しくなる、といったところだろう。
同法案では、医療保険を失った鉄鋼メーカー退職者に対して処方薬を含めた医療を提供するため、基金を設けるとしている。その財源は、@鉄鋼製品への関税、A参加する鉄鋼メーカーからの拠出金、B他の鉄鋼メーカーを買収した鉄鋼メーカーに対して製品出荷高1トンあたり5ドルのワンタイム拠出金の賦課によるものとしている。@は、他国のダンピングで迷惑を被ったのだから、という理屈にあっているが、Aはそれでなくても皆苦しいのに、出せるところがあるのだろうか。Bは、他国のメーカーがアメリカ国内の工場を買収してシェアを拡大しようとしている動きに対応するものだと見られる。他国のメーカーに工場を買収されて、退職者の医療保険がなくなるのは悔しいという気持ちはわかるが、一般論として、買収にペナルティを課すようなことをすれば、ますます買い手がいなくなり、現役労働者の職が危うくなるのではないだろうか。
アメリカの政治家も、選挙のためなら理屈に合わない行動に出るのだな、と残念な思いがする。ま、いずこも同じか。
いよいよ選挙戦に向けて、医療関連法案が目白押しになってきた。これから夏休みまでの間、来年度予算をにらみながら、秋の選挙に有利になるよう、様々な政策論争が激しくなってくる。確か、昨年は、公的年金改革、減税、患者の権利法案などが、主な政策論争になっていたが、今年の国内政策については、医療関連が多くなりそうだ。
上記Sourceは、高齢者の処方薬に関する保険制度を設ける案を、民主、共和両党が準備しているというものだ。保険といってもかなりの補助金が必要とされており、財政赤字幅を気にしながらの検討ということになるだろう。それよりも何よりも、この高齢者の処方薬への支援に如何に積極的になっているかを競うのが主目的である。大統領府は、民主党に負けるなと共和党の尻を引っ叩いているそうだ。
同じ2日のWashington Postは、貿易関連法案に医療関連を絡めた議論が行われていることを報じている。貿易関連法案は、大統領に「trade promotion authority(fast track power)」を与え、貿易関連の国際協定の批准を容易にしようというものだ。基本的には両党とも法案成立が必要としているのだが、そのための条件として、貿易の自由化が進むと苦しくなる産業の労働者にどのような対策を講じるかで、意見調整が進んでいない。民主党は、貿易自由化により失業者が増えるとして、失業者の医療保険料への大幅補助を求めている。他方、共和党は、支払保険料の税額控除を主張している。
貿易問題と失業者の医療保険は、1962年から絡めて議論されている。1985年のCOBRAでは、失業者が保険料を全額自己負担すれば、かつての職場の医療保険を継続できる旨を定めている。医療のportabilityを確保したと言われているが、そもそも保険料を全額自己負担するというのは、相当の重荷だ。低所得者層では、事実上、つかえない規定だろう。
そもそも民主党は貿易自由化が嫌い、共和党は医療保険への補助が嫌いということで、副産物のはずの医療保険の議論次第で、本題まで吹き飛んでしまう可能性もある。実際、貿易関連法案を担いでいる全米商工会議所は、医療保険への補助が大きくなるようでは、反対に回ると宣言している。
また、今週土曜日には、100人以上の従業員がいる企業に医療保険提供を義務付けるKennedy-Clinton法案(Topics 4月30日(2) 「3つのBill」)の骨子が明らかになるとの情報がある。
景気後退、大量レイオフという経済環境に加え、医療費・処方薬の高騰という状況に対して、労働者の医療保険への不安が広がっている。政治サイドの反応としては当然と言えよう。これらの議論の行方が選挙戦にいかに影響を与えて行くのか、注目しておきたい。
HPとCompaqの合併が、一歩実現に近づいた。
創業者の息子であるHewlett氏は、3月末、「株主投票最終閉め切り直前に、HP幹部が大株主であるDeutsche Bankに不正な圧力をかけて投票を変更させた。また、業績見通しなどを株主に開示しないまま株主投票が行われたので、投票全体を無効にすべき。」と訴えていたが、4月30日、デラウェア州地方裁判所は、この訴えを退けた。これにより、HP−Compaqの合併は、実現に一歩近づいた。
これに先立ち、先月半ばに公表された第一次集計結果では、賛成51.4%、反対48.6%で、辛うじて賛成票が過半数を上回っているとのことだ。まだまだこの結果がどうなるか、わからないが、投票結果も、裁判も、HP経営陣の勝利となりそうだ。
今後注目すべきは、5月7日に予定されている最終投票結果の公表、それに対するPension Fundの反応(Topics 3月11日(2) 「Pension Fundの投資行動」)と株価動向、そして、以前報道されたHP退職者の医療保険、そしてHP幹部の合併成功報酬の行方(Topics 2月27日 「1%の株主達」)、ということになる。
参考までに、HP-Compaq関連の時系列表はここにある。また、HPの株価動向は、下図の通りだ。
ちなみに、5月1日午前10時25分現在、HPの株価は前日終値比で3.92%の下落となっており、市場の反応はあまりよろしくないようだ。