Topics 2002年2月21日〜28日 前へ 次へ
28日 Legacy Cost (その2)
27日 1%の株主達
25日 Legacy Cost
22日 企業再生策二題
21日 立法より訴訟
28日 Legacy Cost (その2) Source : Bush Faces Tough Choices on Steel Imports (Washington Post)
とても参考になる記事だ。アメリカ鉄鋼業界が抱える問題の底の深さ、影響の大きさを知るにはもってこいの記事だ。
まず、25日のLegacy Costに追加すべき事実を並べておく。
・US Steelが、複数の鉄鋼メーカーを統合する代わりに、Legacy Costを政府に引き取ってもらいたいと提案しており、それをAFL-CIOが全面的に支持している。
・AFL-CIOは、40%の関税を要求している。
この記事の中では、"legacy cost"という単語が使われており、現ブッシュ政権の担当者は、legacy costを政府が引き受けるということはあり得ない、と明言している。
そりゃそうだろう。いくらERISAで守られているといったって、所詮は経営者と労働者の間の契約に過ぎない。当事者同士が合意する際に、その水準や給付内容について、第3者は一切関与していない。ただ、契約をしたからには、また税の特典を受けるからには、これだけの約束は守ってよ、というのがERISAである。それが、事業がうまくいかなくなったからという理由でbenefitが給付できなくなり、その保証を政府が行っていくことになれば、明らかにモラルハザードが発生する危険がある。
事実、この記事の中でも、政府関係者が述べているように、鉄鋼を認めれば、繊維や木材製品など、同じように輸入増で経営が苦しくなった(しかも組合組織率が高い)業界から、同じような要求が出てくるのは必至だ。
日本の確定給付企業年金法(2002年4月施行)で、支払保証制度が見送られたのは、日本企業にとって本当に幸いだった。
鉄鋼業界をめぐる利害関係は、本当に面白い。簡単に整理しておくと、次のようなことになる。
@政党
共和党全体としては、これを機に、強攻策に出れば、つまり鉄鋼メーカーを支援しなければ、AFL-CIOを一気に弱体化させることができる。しかし、この強攻策が裏目に出れば、ただでさえEnron問題で退職後のbenefitに敏感になっている国民の反発を買い、11月の中間選挙で、下院のmajorityすら失いかねない。他方、民主党は、AFL-CIOが強力な支援団体であることから、積極的な姿勢を取りたい所だが、これも裏目に出れば、特定業界だけを保護するとの批判を受ける。
また、個々の議員になれば、地元に鉄鋼産業を抱えている議員は共和・民主関係なく、鉄鋼支援に動いている。
Aブッシュ大統領
再選のためにぜひとも挽回しておきたい、またはおさえておきたい州として、Ohio、Pennsylvania、West Virginiaといった州があるが、これらはいずれも鉄鋼業が中心的な産業として残っている地域である。このため、ブッシュ政権がどのような対応に出るかで、2年後の大統領選挙にも影響が出てくる。
B他の業界
鉄鋼を素材として利用する産業は、こぞって関税には反対である。当然だ。原材料コストがアップすれば、今度は自分達の競争力が失われ、輸入の洪水に溺れかねない。彼らもまた激しくロビー活動を繰り広げている。自動車メーカーはその代表格だろう。
C他業界の労組
AFL-CIOとて一枚岩にはなれない。自動車産業の労組は、上記Aと同様の理由で、関税には反対だろう。また、港湾作業員の組合は、輸入が減れば即失業につながるため、必死の抵抗を見せている。
D外国(鉄鋼輸出元)
ブラジルは、関税がかけられれば、ブッシュ政権が進めようとしている西半球FTZ構想を白紙にするという。ロシアは、テロ対策で協力しないと脅している。最も強硬なEUも、関税で対抗することを宣言している。残念ながら、日本、韓国に関するコメントはなかった。日本は2、3年前まではかなり鋭く対立していたが、ダンピング問題以来、黙ってしまっている。もっとも日本国内も、2系列への統合とそれに伴う設備廃棄の計画が進んでおり、それどころではないのかもしれない。蛇足ですが、新日鉄は、legacy costを何とかしてくれ、などとは絶対言わないと思いますよ。
27日 1%の株主達 Source : Health benefits fine, HP tells retirees (UNION-TRIBUNE)
Hewlett Packard(HP)とCompaqの合併の可否を決定する株主投票が、いよいよ3月19日(HP)、20日(C)と迫ってきた。HP側では、現在の経営陣(Carly Fiorina)と、創業者一族のHewlett家、Packard家が、対立したままであり、双方とも激しいLobbying(対大株主)、広報活動を繰り広げている。
市場は、当初から合併に否定的で、合併計画の発表後、HPの株価は下がったままだ。話がそれてしまうが、私はなぜHPがCompaqと合併しなければならないのか、よく理解できていない。HPは、もともとは計測機器ではダントツの会社である。それがなぜPC市場にこだわるのか。PC市場は、中小企業の参入が相次ぎ、採算を取るのが難しくなっている。現に、IBMはPCからの脱却を宣言している。それに、HPのPCは、Office Depotや、Comp USAの安売り宣伝には必ず出てくる。安売りのイメージが完全に定着してしまっている。それなのに、同じ安売りでやってきたCompaqと一緒になることで、何がメリットになるのだろうか。市場シェアは、確かに一位のDELLと並ぶか上回るだろうが、それが株主の利益にどうつながるのかがよくわからない。
話を戻して、HPとCompaqの合併に、危惧を抱いているのは、創業者一族、市場関係者だけではない。HPの退職者OBもまた危惧を抱いている。それは、この合併が成立することにより、退職者医療保険が打ち切られるかもしれないからだ。HPとCompaqの合意書には、"No HP Benefit Plan provides health benefits" to employees after retirement.という文言が入っているということだ。HPの退職者達は、これを見て、医療保険が打ち切られる可能性があると危惧しているのだ。専門家によれば、この文言は、充分に危惧すべきものであり、現在退職者医療保険が提供されていても、打ち切られる可能性はあるという。退職者医療保険は、25日にも書いた通り、ERISAの対象となっている。従って、その履行は法的強制力を持つはずなのだが、実際はそうでもないらしい。1998年には、「GMが早期勧奨退職で終身の医療保険料負担を約束していたにもかかわらず、その制度を変更する権利を有する」との判決を下している。
このHP退職者達も、年金制度を通じて、HPの株主となっている。その数は1%程度と見られているが、接戦が予想されているだけに、この1%の退職者がcasting voteともなり得る。
HPは、「退職者医療保険を打ち切るようなことは起きない」と述べているそうだ。しかし、最も変化の激しいPC市場で生き残るために、敢えてlegacy costを継続しようとする合併計画が成立するだろうか。
加えて、もしこんな噂が本当だとすると、かなりのバッシングに会うことは間違いない。退職者医療保険を打ち切っておきながら、経営者は7000万ドルの報酬を受け取るなんて、まるでEnronみたいじゃないですか。
25日 Legacy Cost Source : LTV Retiree Health Plan Running Out of Cash, Time (Plansponsor)
記事をご覧いただければわかるように、アメリカのLTVという大手鉄鋼メーカーが、lay-offした従業員と退職者に関する医療保険と生命保険の支払いを、来る3月末で停止するという内容だ。このLTVは、昨年12月に倒産、資産保全措置に入っており、これらのbenefitを支払ってきた基金が底をついたので、これ以上、支払いはできないというわけだ。
これだけなら、よくある話であり、どうということはないが、この話は、貿易問題にまで発展しかねない問題を孕んでいる。
このリストをみてもらいたい。これまでPBGC(年金支払保証公社)が引き取ってきた破綻した企業年金(確定給付型)の規模別Top10だ。Top10のうち、5社が鉄鋼メーカーである。アメリカの鉄鋼産業は、輸入の増加により、ほとんど産業としての体をなさなくなってきており、すべての鉄鋼メーカーを、US Steelに統合しようというアイディアすらある。
しかし、ここで問題になるのが、legacy costである。鉄鋼産業のように、昔華やかだった頃(60年代)、組合の力も強かったせいもあるが、かなり手厚いbenefitを約束してしまった。具体的には、企業年金と退職者医療保険である。これらのbenefitは退職後所得として約束されているので、ERISAの対象となっており、法的に支払いを実行することが求められる。このように、昔定めた制度のために、現在負担しなければならなくなっている費用のことを、legacy costと呼んでいる。「負の遺産」とでも訳すのだろうか。
他方、輸入におされて国内の鉄鋼メーカーは縮小一方であり、これらの支払の負担が大変重くなっている。昨年10月に、やはり大手鉄鋼メーカーBethlehem Steelが倒産した。その時のWahsington Postの記事は、このlegacy costを詳しく伝えている。このBethlehem Steelでは、現役従業員が13,000人に対し、企業年金、退職者医療保険を受け取っているOBが13万人いるのだ。このような構図が、すべての鉄鋼メーカーに共通しており、鉄鋼業界だけで、実に60万人のOBがおり、鉄鋼メーカーの整理が進めば、今年は100万人まで膨れる可能性があるとのことだ。
そして、そのコストを、このように例示している。鋼材1トンが市場価格300ドルとした場合、輸入鋼材の労働コストは20〜40ドルなのに対し、米国産鋼材の労働コストは120ドルに達する。この120ドルのうち、legacy costに相当するのが約3分の1という。つまり、米国産のlegacy costだけで、輸入鋼材の労働コスト全体に相当しかねない大きさになっているのだ。
これでは、米国鉄鋼メーカーを統合したところで、すべてのlegacy costも一緒に集約されるだけのことであり、何の体質改善にもつながらない。そこで、鉄鋼関係の労働組合は、この統合に伴い、米国内での鉄鋼取引に1.5%の課税を行い、その税収をこのlegacy costに充てるべきだとの主張を行っている。
この記事によれば、先週末から約2週間、LTVの関連会社の組合員は、年金レベルの確保と退職者医療保険の存続を求めてデモを行い、ワシントンDCにも乗り込んでくるという。
年金制度や退職者医療保険は、40〜50年の期間を見越して設計する必要がある。いくらアメリカ企業といえども、40年後もわが社は成長している、と確信を持てる企業が、現在どれだけあるだろうか。ERISAによってもたらされるlegacy cost問題は、鉄鋼の次に自動車メーカーを直撃すると言われている。
22日 企業再生策二題 Source : Enron Says 'Fresh Start' Means a New Name (Washington Post)
またまたEnronネタだが、お許しいただきたい。
Enronが再生策として、2つの対策を打ち出した。一つは、名前を変えてしまうということ。もちろん、再建計画が債権者に承認されて、今後どういう事業を行っていくのかということを見極めたうえで、名前を新しくするという。これは当然だろう。既にEnronという名前は、悪の代名詞となってしまっている。新しい事業は新しい入れ物(職場、企業名)でいかないと、いつまでも過去を引きずっているような気分になってしまう。
日本の企業のトップとは思い入れが異なる。日本の企業は、長く続いてきた名前をどうしても残したいと固執する。銀行の合併でも名前にこだわるし、あの雪印など、市乳事業を切り離してでも"Snow Brand"を残したい、と頑張っているらしい。まるで、「藩おとりつぶし」の危機に直面した、藩主と家老のようだ。まだまだ日本の企業には、封建主義的な思想が残っているのだろう。もっとも、江戸時代の藩は、自らの身分と命を投げ打って守ろうとしていたようなので、そちらの方がまだ潔いか。
こんなことが平気でできるのも、既にトップが交代しているからだ。やはり過去を引きずったトップが残っていては、企業の再生は覚束ないということだろう。Enronが再生できるのかどうかはまだ何もわからない。むしろ、この記事にあるように「溶解しつつある」という見方も出ている。
もう一つの再生策が、'Retention Bonuses' だ。日本の企業でも同じだが、会社が傾きかけている、倒産寸前だ、ということになると、会社にとって有用な人材から転職していってしまう。そうなると、他の企業にとって魅力的、つまり売却可能な事業部門が売却できなくなる。また、債務処理のめどがついて新たにスタートしようとしても、必要な人材が枯渇してしまっている、という可能性が高くなる。従って、そうならないように、再生後のEnronに取って必要な人材には、引止め料を払うというわけだ。
実は、Enronは、既に昨年11月、更正手続きに入る際に、一度Retention Bonusesを、払っている。約600人の管理職を対象に、総額約1億ドルを払っているのだ。その中には、年金担当役員も含まれている。
これを聞いて、lay offされた元従業員は怒っている。彼らは、本来の社内規定からいけば、2〜3万ドルのSeverance Pay(解職手当)がもらえたはずだと主張している。しかし、Enronが更正手続きに入ってしまったため、裁判所の命令により、一人4,500ドルしか受け取れなかった。
一方で多額の金額を積んで残ってくれと頼み、他方でわずかな手切れ金でlay offしてしまう。これで本当に、Enronという企業が再生するのかどうか、見方は別れる所だろう。しかし、現実にこういう手法を取ることが可能になっているのが、現在のアメリカ労働市場なのである。
21日 立法より訴訟 Source : 401(k) Changes May Come From Suits, Not Legislation (Benefitnext)
これだからアメリカの企業の動きから目を離せない。401(k)プランに関する様々な立法の動きがあることは、既にご紹介したが、その立法の方向性も定まらないうちから、企業は動き出している。
具体的には、企業拠出に使った自社株の他の資産への転換を早い段階から認めてしまおうというのが多いそうだ。
・退職するまで転換を認めなかったのを、受給権発生と同時に転換の権利を認める。
・55歳に達するまで転換を認めなかったのを、拠出後1年経てば転換の権利を認める。
また、別の記事では、メディア企業が、55歳に達するまで転換を認めなかったのを、一切自由にするという。メディアという、特に国民に近い存在の企業だけに、訴訟されているというイメージは避けたいのだろう。政策、立法を待つ、または規制を阻止するよりも、訴訟を回避することを目的にさっさと制度を変更してしまう。なんと柔軟な対応だろうか。その是非は、今後判断するしかないが、市場や国民の感覚に敏感に反応して行動を起こすところは見習うべきだろう。
ここで、401(k)プラン改革に関連して、最近公表された資料の整理をしておく。
BACKGROUND INFORMATION RELATING TO THE INVESTMENT OF RETIREMENT PLAN ASSETS IN EMPLOYER STOCK (JOINT COMMITTEE ON TAXATION)
下院議会スタッフがまとめた年金資産に関連する資料。Q&A形式での説明と関連既出法案の概要をまとめている。
SUMMARY AND COMPARISON OF LEGISLATION AFFECTING RETIREMENT PLANS INVESTMENTS (AMERICAN BENEFITS COUNCIL)
American Benefits Councilがまとめた401(K)関連法案の比較表。現行法とブッシュ大統領提案も掲載されているので見やすい。
LEGISLATION AFFECTING COMPANY STOCK (PSCA)
Profit Sharing/401k Council of Americaがまとめた、年金資産の自社株に関連する法案の比較表。
Investments in Employer Stock: The Enron Legacy (Law.com)
年金資産に関する法的規制について、ERISAおよびTax Codeにそって解説している。わかりやすいので、一読の価値あり。